第三十四章 別れ
私たちがこの大陸へ渡ってから、すでに数十年の歳月が流れていた。
季節は幾度も巡り、森は芽吹きと落葉を繰り返し、風は時に優しく頬を撫で、時に冷たく厳しく吹きつけた。
だが、ハーフエルフであるコリンの姿は、青年のまま時を止めたかのように変わらなかった。
私は長らく自分を人族だと思い込んでいた。
だがある時、自らに鑑定を施したことで、私もまたコリンと同じように長寿の種族であると知った。
人族は寿命が短いが、他の種族には異なる時間の流れがある。
自然界でも同じで、例えば樹齢千年を超える大樹がある一方で、一年草はその名の通り一年で枯れてゆく。
それぞれが異なる時間のリズムを刻むように、私もまた長い時を生きる側であると理解したのだった。
コリンはその事実を心から喜び、今も同じ時間を生きる仲間として傍らに在り続けている。
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数年ごとに、私たちは最初の街へ戻った。
そこにはヴァイスの家庭があり、私たちは旅の話を土産に持ち寄り、夜更けまで語り合い、温かい家に泊めてもらった。
まるで実家に帰ったかのような安堵が胸を満たした。
だがヴァイスは人族であり、時を止めることはできなかった。
彼が惚れたナリエルは、出会う前に重ねた無理が祟り、コリンの治療を受けても回復することはなく、先にこの世を去った。
残されたヴァイスは、その息子と支え合いながら笑顔を絶やさぬ日々を送った。
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その後、私たちは年末ごとに必ずヴァイスの家を訪れるようになった。
年月と共に彼の髪に白が混じり、皺が増えていった。
やがてハリーが一人前となった翌年、ヴァイスは寿命に抗えず、静かに息を引き取った。
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ハリーは立派に立ち直り、父として慕ったヴァイスを手厚く弔した後、街を離れると私に伝えた。
彼は役所での仕事が決まっており、隣街へ単身で行くか、父を連れていくか悩んでいた。
残されたのは、ヴァイスが大切に育てていたワイバーンのイリスであった。
知り合いの魔物使いが日頃の世話をしてくれていたが、ハリーには魔物を使役する力がなく、
「譲るよりも、形見として託したい」と、私たちにイリスを託してくれたのだ。
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「イリス……ヴァイスだよ」
「……グゥゥゥ」
普段は滅多に声を出さぬイリスが、その時ばかりは喉を締め付けるように、低く重く鳴いた。
火葬の場に立ち会わせたのは、現実を理解させるためだった。
炎に包まれる前のヴァイスの姿を、イリスは目で追い、鼻を震わせて匂いを確かめ、耳を少し後ろに倒した。
自然の摂理として命は巡る。森の樹々が落葉を肥やしとして次の芽吹きを育むように、ヴァイスの命もまた循環へ還る。
その別れを、恩人を慕うイリスにも経験させたかったのだ。
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もっとも深く沈んだのはコリンであった。
彼は寿命の差を理解していたはずだが、実際に直面すると受け止め切れなかった。
父と呼ぶことはなかったが、ヴァイスは私たちにとって父のような存在であり、生きる道を示し続けてくれた。
思い返せば、出会いから別れまでが走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
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「ヴァイスさん……有り難う」
炎に包まれた遺体は灰となり、その煙は空へ昇っていった。
その空をコリンは見上げることさえできず、ただ肩を震わせ、地面をじっと見つめていた。
回復魔法は全能ではなく、老衰という自然の流れには抗えない。
けれどもコリンは「治せる」と言い張り、私に食い下がったこともあった。
私はそんな彼の背を、イリスと並んで見守り続けた。
風が頬を撫で、灰の香りがわずかに漂う中で、静かに時間だけが過ぎていった。




