第三十二章 運命
ヴァイスとは数日後に顔を合わせることが出来た。
帰ってきたばかりの彼の冒険談を酒場で聞き、充実した日々を送っていると知ったコリンは、ようやく安堵の表情を浮かべた。
酒場は夕暮れの明かりが差し込み、木の卓に灯されたランプが揺らいでいる。
ざわめく人々の声が、背景に混じり合っていた。
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「ほら、ここもちょっと切り傷が!」
「こんくらい良いって!」
ヴァイスの隣に座ったコリンが怪我を見つけては治そうとし、
遠慮するヴァイスが軽く笑ってかわす。
その光景は懐かしく、かつての旅路を思い起こさせた。
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「やって分かったことは、イリスに乗るのは俺だけじゃないと連携は無理だ。
俺はイリスと活動する」
「分かりました。コリン?」
話が変わると口を閉ざしたコリンへ、注意を含めた声を掛ける。
「…分かりました。ただ、急にどこかに行くとかはやめてください。心配なんです」
「当たり前だ。当分はここを拠点にする。
魔物使いでな、詳しいやつがいて習ってる最中なんだ」
当分は街に残る――その言葉に、コリンは肩の力を抜いたように安堵していた。
会話が途切れた頃には夜も更け、ヴァイスは翌日から宿を変えると告げた。
今夜が最後となる、同じ宿屋での夜を迎えた。
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翌朝、宿屋を出る時、ヴァイスは真剣な表情で私たちそれぞれに最後の言葉をかけた。
「コリン、お前は優しいことも、その能力も良いことだ。
ただ、それをこれからは周りの人にも向けてやれ。ここなら大丈夫だ」
「はい、分かりました」
「ネアム、お前はその能力をどう使うか。それは俺には分からん。
だが、今までのやり方は間違ってはいない」
「はい」
ヴァイスは長い息を吐き、まだ言い足りないとばかりに口を開いた。
「ネアムとコリン。
俺はお前らを助けたが、俺も助けられた。
これまでの旅、そして俺に付き合いここまで来てくれたこと。
お前らが信じて付いてきてくれた、その行動が俺の支えだった。感謝する」
別れではないのに胸が締め付けられる。
声にならず、差し出された手を強く握り返すことしか出来なかった。
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「湿っけた顔すんな。同じ街にいるのに次が気まずいだろうが」
「はい、そうでしたね」
肩をすくめた軽口に場は和み、コリンも微笑みを返した。
朝の澄んだ空気の下でヴァイスの背を見送りながら、
これからはコリンと二人で歩む日々が続くのだと実感した。
同時に、ヴァイスのようにやりたいことを見つけたように、
コリンが自分の隣から離れていく可能性もあるのだと、改めて感じた。
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傭兵組合の活動では、持ち込む獲物でも評価がつく。
ヴァイスと別れてから、私もコリンもブロンズからシルバーに昇格し、
次はゴールドが目前となった。
しかし土地勘も知識も不足しているため、私は
「まだ実力が足りない」と伝え、昇格を保留にした。
ゴールドからは指名依頼が発生するため、知識不足では立ち行かなくなるからだ。
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才能について、ヴァイスは
「前の大陸では珍しい力は隠せ」と教えてくれた。
しかし彼が「ここでは隠す必要はない」と語った理由も、今なら理解できる。
魔道具の存在である。
人は本来、一つの属性しか扱えず、火と水を同時に操ることは不可能だ。
だが魔道具はそれを補助し、あたかも二つの属性を操るように力を増幅させる。
その結果、人々は魔物という脅威に立ち向かう力を得ていた。
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私も杖を持ち歩くようになり、魔法を杖から放つ演出まで試みた。
コリンから「それらしく見えるけど…派手じゃない?」と
呆れられたことも今では良い思い出だ。
演出をやめ、魔道具に助けられながら、
私たちは気軽に街を出て近郊の魔物討伐へ向かうようになった。
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そんなある日、ヴァイスが街で女性と小さな子どもと歩いているのを見かけた。
昼下がりの市場の喧噪の中、彼の柔らかな笑顔がひときわ際立って見えた。
無言でコリンに目配せすると、彼も驚きに目を見開いた。
これまでの旅で、ヴァイスが女性と二人きりになる姿など一度も見たことがなかったのだ。
成熟した彼が女性を邪険に扱う姿ばかり見てきた我々にとって、
子どもと手を繋ぎ、穏やかな笑顔を浮かべるヴァイスはまるで別人だった。
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「自然に側に行き聞いてみましょう」
「いいのかな?」
私はコリンの手を引き、ヴァイスが通る路地の角で待った。
通りには風に揺れる布の看板や、香辛料の匂いが漂っていた。
耳を澄ますと、親子のような会話が聞こえてくる。
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「ねぇ、ヴァイ。暫くは出掛けないのよね?」
「ああ、ハリーと約束したからな。な、ハリー?」
「うん!ハリーとヴァイは冒険に行くの!」
「そうなの?私も行きたいわ」
「勿論さ、ナリエルも一緒だ」
コリンと目を合わせた。
彼も驚きを隠せずにいる。
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「やあ、ヴァイスさん、久しぶりです」
「久しぶりです」
「よお!半年ぶりか?でかくなったな」
ヴァイスはやましいこともなく、久しぶりの再会を喜ぶ笑顔を見せた。
その顔には以前より深い皺が刻まれていた。
聞けば、連れの母子は夫に先立たれ、この街で懸命に暮らしている女性とその子だという。
彼女の名はナリエル、息子はハリー。
すでに三人は共に一つの家で暮らし、夫婦と子として自然な生活を送っていた。
私たちは新婚の時間を邪魔しないよう、ナリエルの夕食の誘いも笑顔で辞退した。
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帰り道、夕暮れの街を歩きながら、コリンが小さく呟いた。
「もしかすると…」
「どうしました?」
「偶然だったのかな?って」
言葉を選びあぐねている様子のコリンに、私は問い返す。
「なるほど、コリンが言いたいのは、大陸を目指した時から
何か見えない意思に引き寄せられていた、ということですか」
「そう、それ。偶然にしては上手く行きすぎてて」
「簡単に言うと運命と言います」
「運命?」
「ええ、ですがたったそれだけの言葉で片付けたくはありませんね」
「うん、もっと伝えたい気持ちがある」
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ヴァイスの運命の糸に私たちも繋がれ、
それが絡まり合ってここに導かれたのかは分からない。
だが、私は言葉を重ねた。
「今が楽しいなら、それはそれで良いのではありませんか?」
「そうだね」
夕暮れの光に包まれた街を歩く。
人々の談笑や子どもの笑い声が石畳に響き、
暮れなずむ空に灯りがともる。
そんな穏やかな光景が、やけに優しく胸に染み込んでいった。




