第三章 何か
翌朝――目が覚めなかった。いや正しくは「私は目を覚まさなかった」のだろう。隣にいる彼の温もりを感じながら、ゆっくりと意識が浮かんでいく。
昨夜も一緒に食べたポポンの実がまだ残っているが、あと少し。
けれど、まだ木にはなっているはずだ。取りに行こう。
彼が目を覚ますのを待ちながら、そう考えていた。
眠る前、私はずっと彼に話しかけていた。
会話にならないと知りながらも、誰かがそばにいる安心が欲しかった。
あるいは声にすることで「私は一人じゃない」と確かめていたのかもしれない。
――答えは結局、見つからなかった。
やがて、彼が目を覚ました。
「おはようございます。ポポンの実、食べましょう」
「う、ん?」
……そうか。わかった。
彼は話せないのではなく、言葉を知らないのだ。昨日一日で得た情報から、私はそう断定した。
だから街のことを尋ねるのはやめる。負担はかけない。
やはり食べ足りなさそうだったので、実を採りに戻り、残っていた実を見つけて安堵する。
彼には「実を食べたら街へ行く」と伝えた。「寝るところを借りられるか」と尋ねると、彼は小さく頷いた。
――これで帰る場所ができる。
彼とはしばらく一緒に過ごすだろう。なぜ彼がそうなったのか、彼自身は説明できないはずだ。
情報さえあれば、生きていける。まずは糧――毎日食べられることが絶対条件。
――手がかりは人が集まる場所にある。門は情報の交差点だ。
私たちは街の門へ向かった。並ぶ人々、立つ門番、通り過ぎる声。私は観察を怠らず、彼には笑顔を見せる。
「あの女性……あの門番」
小声で告げる。
「もう少し近づきます。任せてください」
どう伝わったかはわからない。けれど彼は頷いた。
これで計画を実行する。
「では、頑張りますので。待っててください」
残るように手振りで示す。
糧を得る方法を知るには――街の中だけでなく、多くの人が行き交う門が最適だ。
勿論、本来ならやらない。迷惑なのは承知している。だが今の私には命がかかっている。
彼も含めて、二つの命と天秤にかけるまでもない。
「おにいさん! 僕、お腹すいたの! 何も食べてないの! なんでもするから、食べ物をちょうだい!」
「おいおい、迷わ……」
若い門番が追い払おうとした瞬間、そばにいた――計画に必要な、もう一人。あの若い女性が門番を睨みつけた。
推測どおり。助ける気は薄いが、正義感はある。役者が揃った。
「僕、死にそうなんだ。もう……」
骨と皮の体、苦痛に歪めた顔、必死の声。視線が集まる。
――涙は無駄だ。泣き真似で十分。
女性は苛立ちを隠さず叫ぶ。
「何とかしなさいよ!」
「じ、じゃあ……俺はここを離れられない。けど、お前くらいの子に仕事を頼む場所なら知ってる」
「本当に? 僕……もう、ほんとうに……」
「ああ! 本当だ! そこに行けば食べ物も貰える!」
「うわっ! どこ? どこなの?」
門番は親切に場所を教えてくれた。孤児院で作業を手伝えばパンがもらえるらしい。
女性も良い仕事をしてくれた。私は礼を述べ、彼を連れて進む。
……だが、気づいた。彼が街の人々からひどい嫌悪の視線を浴びている。昨日、私が向けられたものよりずっと強い。
――耳、か。
――理由は単純。形の違う耳。それだけで敵を作る街。
怯えることに慣れてしまった彼が、あまりに哀れで。私はそっと手を取り、引いていった。
この温もりに私は昨夜、救われている。今度は私が返す番だ。




