第二十六章 海
「大陸の大きさも驚きましたが…」
つい「海はないのか」と口にしかけ、言葉を飲み込んだ。
「そうだな…ここへ進んでみるか」
空路の計画を立てる皆に気付かれぬよう、そっと胸を撫で下ろす。
ヴァイスの地図には、これまで避けてきた×印の合間を縫うように、新たな航路が描き込まれていく。
インクの線が一本引かれるたびに、緊張感が少しずつ高まっていった。
やがて――
「なんだ、ありゃぁ」
「おっきい!」
視界の先に、空の青とは違う深い色が広がった。
雲の切れ間を抜けた瞬間、目の前に果てしない水の世界が現れる。
ヴァイスもコリンも声を上げ、口をぽかんと開けて見入っている。
港町で「海がある」と商人から聞いてはいたが、大きな湖を想像していたのだ。
現実はその想像を軽々と越えた。
海は鏡のように陽光を反射し、白い波が絶えず形を変えては散っていく。
地平線まで続く水平線は揺らぎもなく、ただ静かに広がるばかりだった。
イリスの背から見下ろす海は、空を飛ぶ高さゆえにさらに壮大だ。
足元から吹き上がる風に羽がきらめき、潮の香りが漂ってくる。
視界を遮るものは何もなく、どこまでも続く青に胸が震えた。
誰もが圧倒され、言葉を失っていた。
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やがて港へ到着すると、私たちは「ワイバーン便」の停留所を訪ねた。
石造りの建物の外壁は潮風で白くくすみ、入り口には使い込まれた鞍や補修道具が並んでいる。
中では、職員たちがワイバーンの羽を丁寧に手入れし、油の匂いと獣の気配が混ざっていた。
「ワイバーンが居るなら飛んだ方がいいな。有料だが地図はあるぞ」
「買うしかねぇな、いくらだ?」
「幾つかあるが、一番大きいので金貨二枚。小さいのはこの辺を中心にしたやつで金貨一枚だ。海の先には使えねえな」
「高いもんだが…この金貨二枚の地図をくれ」
「毎度あり」
職員が机の引き出しから取り出したのは、丁寧に折りたたまれた手書きの地図。
紙は分厚く、少し黒ずんでいる。
一目で分かるほどの情報量が詰め込まれ、細かい注釈や航路が緻密に記されていた。
覗き込むと、小さな島をいくつも経由しながら、複数の大陸を繋ぐ空路が複雑な網の目のように描かれている。
ヴァイスは地図を指でなぞりながら、物資の必要量や到達日数を熱心に尋ね、
少しでも金貨二枚の価値を引き出そうと、抜け目なく職員とやり取りをしていた。
「ヴァイスさん、凄く嬉しそうだね」
「ですね」
コリンの呟きに頷く。
彼の表情は真剣だが、地図を手にした指先にはわずかに熱がこもっている。
未知の場所へ挑む期待と不安が入り混じっていた。
私たちは必要な物を集め、イリスに託す。
これまでの旅で幾度も危険を乗り越えたイリスなら、必ず目的地へと導いてくれる。
そう信じ、準備を整えていった。




