第十六章 豪胆
それから五日間、雨はやまず、二人で洞窟に身を寄せた。
閉ざされた道が気がかりで、人里の様子を遠くから見に行く。幾つかの民家から煙が上がっているのを確認し、備えを持つ村人たちがなんとか耐えていることを知る。
「止んだね」
「まだ危ないので戻るのはよしましょう」
九日目、ようやく雲が薄れ、隙間から日の光が差し込んだ。
湿った空気を切り裂くような光は、暗く沈んでいた心にまで届いた。
わずかにのぞいた青空は淡くにじみ、長雨の後だからこそ、その清々しさが胸に沁みた。
照らされた土地は荒れ果て、特に私たちの家があった場所は跡形もなく削り取られていた。
再び村の様子をうかがうと、村人たちは壊れた柵を直し、閉じ込められていた家畜を解放していた。疲労の影は濃いが、絶望に囚われた顔は見当たらない。
その姿を見て、私たちは安心し、再び洞窟へ戻った。
「あ、ヴァイスさんだ!」
「イリスも元気そうです」
遠方から翼音が響く。空を裂く影が近づき、私たちは手を振りながら声を張り上げた。
イリスが気づき、大きな翼をたたんで荒地へ舞い降りる。
「やっぱり無事だったか、しかしひでぇな」
「ヴァイスさんもイリスも無事で良かった」
「大変でしたね」
ヴァイスは、土砂に半ば埋もれた残骸をにらみつけながら低くうなった。
「お前ら、どこに隠れてた?」
「近くの洞窟です」
「ああ、あそこか。だが問題はこれからだな」
イリスはお気に入りのねぐらを確認に飛び立っていったが、被害が及んでいないとは限らない。洞窟での暮らしも長くは続けられないだろう。
「この先のことだが…」
私たちは顔を見合わせる。
自分たちの狭い世界には、代わりの居場所など思い浮かばない。ヴァイスがどんな提案をしてくれるのか、期待と不安が入り混じり、言葉は出なかった。
「そんな、不安な顔をするな」
「ですが…」
「ひとつ聞く。お前らはどうしたい?」
選択を迫られる。これ以上ヴァイスに甘えるのは図々しいと感じながらも、街も知らず、常識もヴァイスから教わった程度だ。
「答えは出ないか…だったら俺と来るか?」
「良いんですか?」
「まあ、ここで放り出すのも後味が悪いからな」
「ありがとうございます」
その瞬間、コリンと目が合い、同じ感情を抱いていることを互いに理解した。
「行き当たりばったりだが、目的を話す」
ヴァイスの考えは明快だった。
イリスが暮らせる森を探すこと。
もし別の国にもワイバーン便が存在するなら、イリスとも離れなくていい。
そんな国があれば思い切ってそこへ渡っても良いということ。
「それと、お前らは身分証を持て」
「ギルドに加入ですか?」
「ああ、手っ取り早いのは冒険者だ。コリンは薬師でもいいが、才能が目立つから勧めない」
「才能が目立つ?」
「お前の薬は効きすぎる。恐らく無意識に魔力を混ぜている。魔力を含めば、それはもう魔法薬だ」
ヴァイスは鞄から市販の魔法薬を取り出して見せた。
透明な液体は淡く光を帯び、普通の薬とは一線を画していた。
「魔法薬は回復魔法を使える者しか作れないとされている。コリンが薬師ギルドに入れば、回復魔法が使えることを暴かれるだろう」
それでも本人が望むなら止めないと、ヴァイスは笑って肩をすくめる。
「今は選べないとしても、コリンには二つの道があることを覚えておけ」
「はい、わかりました」
会話が終わりかけたとき、ヴァイスは私に目を向けた。
「ネアムだが…お前はよくわからん」
私自身、この先どうするべきかは見えていなかった。自立しろと言われればできるが、積極的に望むわけでもない。やりたいこともまだ見つからない。
「ネアムは好きにすればいい。それしか言えん」
「はい、何か見つかったらその時に相談させてください」
「ああ。お前らが何か見つけるまで、俺が面倒を見る。それが俺の目的になる」
そう言って歯を見せて笑うヴァイス。
コリンは安堵し、私はこれからに思いを巡らせる。窮地を笑い飛ばすヴァイスの豪胆さにつられ、自然と皆が笑みを浮かべていた。
「イリスです。帰ってきました」
「アイツもねぐらを失ったんだな。俺ら全員宿無しだ!」
空には曇天を突き破るようにイリスの巨体な姿が現れ、濡れた翼から水飛沫を散らしながら虹を描いている。
雨に閉ざされていた空は、その姿を誇示する舞台のように広がっていた。
陽光を背にして舞い降りる様は、嵐の終わりを告げる象徴のようで、思わず息を呑む。
空で高らかに鳴いたイリスの声は、雲を震わせるほどに響き渡り、まるで空そのものが共に笑っていた。




