第九十話 THEEND(事案)
(なぜ、今日に限って最上さんがいないんだ……!)
いつもは最上さんと一緒に帰っている。
今日も当然、A組まで迎えに行った。
しかし最上さんは数学の小テストで赤点を取ったようで、放課後に補講があるのだと泣きそうな顔で謝られた。
最上さん、数学だけは異常に苦手らしい。国語をはじめとした文系の科目は得意なのに。
根っからの文系女子なのだ。今度数学の勉強を一緒にしようと言ったら喜んでくれたので、それはそれで良かった……と、現実逃避をしている場合じゃない。
「近づかないでください。さやは今、あなたに警戒しています」
ランドセルを背負った少女が、防犯ブザーを掲げて俺を威嚇している。
学校帰りなのだろう。赤いランドセルと、児童用の制服はすごく愛らしい。
服装もかわいいが、外見も真田との血縁を感じる整った容姿だ。長い黒髪が印象的で、くりっとした目がまたとても良い。ねこねこ先生は本当にキャラのデザインが素晴らしく、作品唯一の幼女――真田さやちゃんは、すごく可愛かった
だが、油断して見とれることなかれ。
「いつでも鳴らせますので」
銃を構えるように防犯ブザーを構えている。
彼女は非常に警戒心が強い。兄である真田才賀にすら懐かず、いつもツンツンしている。そういう態度も一部の層に刺さっていて、人気キャラだった。
まさか、こんなところで会うことになるとは。
「……危害を加える意思はない」
ひとまず、両手を上にあげて無抵抗を示した。
まるで、アメリカで警察に銃を向けられた一般市民みたいな反応である。
幼女とはそれくらい不可侵なのだ。触れればアウト。ノータッチが原則の神聖な存在である。
「それでは、どうしてさやをジッと見ていたのですか? 何か良からぬことを考えていたのではありませんか?」
「冤罪だ。俺は変なことなんて考えていない」
「さやは信じられません。うちの兄みたいに、どうせあなたも変態さんなのではありませんか?」
おい、真田。
妹に疑われるようなことばっかりするなよ……!
だからお前はシスコンなのに、さやちゃんが懐かないんだ。
この子は作中で唯一、真田才賀に一切の好意を持たない特殊な存在である。
家族愛はあるが、それだけだ。むしろ普段は兄を疎ましく思っていて、あいつの前では一切笑ったことがない。
そのツンツンとした態度もまた、人気の一つだったのはさておき。
「男の子はみんなそうなのでしょう。さやの頭を撫でようとしたり、抱っこしようとしたり、お風呂に入ってこようとしたり、添い寝しようとしたり、過剰に構おうとしてきます。本当にうちの兄はどうしようもないです。真田家の恥です」
「落ち着け。俺は君の兄じゃない」
真田に何をされているんだ……!
彼女の警戒心の強さは、だいたいあいつのせいな気がした。
真田が変に構うせいでさやちゃんは辟易としているらしい。兄と同じ年齢である俺も同一視されている気がしてならなかった。
「なるほど。つまり、今からさやを抱き枕にしようとしていますね?」
「なぜそうなった」
「どうせ男の子は兄みたいにろくでもない人間ばかりです。ここは、いっそのこと……!」
まずい。彼女は意を決して防犯ブザーのピンを抜こうとしている。
まるで手りゅう弾だった。ここで放たれると終わりだ……中道とはいえ、すぐそこは人通りもそこそこある道路だ。高校からも近いので、きっとすぐに誰かが駆けつけてくるだろう。
冤罪で糾弾されるのは、流石に不本意なので。
「――逆に聞かせてほしい。なぜ、君みたいな小学生が高校の近くでうろうろしている? それが不思議で、俺はつい見てしまったんだ」
ささやかながらに、俺の意見も主張した。
このあたりに小学校はないので、彼女の存在は明らかに浮いているのだ。
「あと、困っていそうにも見えたから、ちょっと気になったんだ。何事もないのなら、それでいい。君にかかわるつもりもない。とりあえず、この道を通らせてほしくて」
なるべく穏便にお願いしてみる。
すると、彼女は少し考えこむように黙ってから……それから考えなおしたみたいで、防犯ブザーのピンから指を外してくれた。
「……一理ありますね。事案かと思いましたが、あなたからはうちの兄のような邪悪な気配を感じません。ひとまず、信じます」
よ、良かった。
とりあえず冷静になってくれた。これなら、事案にならずにすみそうだ。
「じゃあ、そういうことで」
そそくさと、隣を通り過ぎようとする。
しかし……俺がさやちゃんから離れようとしたのに、なぜか彼女が俺の制服の裾をちょこんとつまんで、制止されてしまった。
「たしかにあなたの言う通りです。さやは今、困っています」
「……何に困っているんだ?」
「うちの兄についてです。妹との接し方がおかしい気がします」
「それは、俺が解決できる範疇を超えているが」
「分かりました。兄については自分で何とかします。しかしあともう一つだけ……実は、お家の鍵を忘れてしまいまして」
……ああ、なるほど。
だからこの子は、うちの高校の近くに来ていたのか。
「私の兄――真田才賀から、鍵を受け取りたいのですが」
だから、手伝ってほしい……と。
つまりは、そういうことらしい――。
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




