表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/181

第八十八話 「同じ世界で生きてるのに、違うところにいるみたい」

 ……なんというか、立場がハッキリして良かったのかもしれない。

 俺は氷室さんの味方ではなく、厳密にいうと敵に近い存在である。


 あくまで協力関係であって、俺が彼女に好意を抱いているわけでもない。

 先程の会話で、そのことを彼女もしっかりと理解したらしい。


「気に食わないけど、とりあえずサトキンの言うことを聞くことにする」


 目の色が変わった。

 とはいっても、良い方向の変化ではない。


 氷室さんの視線が、冷たくなった。

 敵意を抱かれる前は、もう少しだけ親しみのある視線を向けられていたが、今は違う。


 そして、それが正しいと思ってしまう自分に、つい苦笑してしまった。


(他人事、か。やっぱりそうなんだろうな)


 当事者だというのに、今でも読者気分が抜けない。

 嫌われたのに何も思わないのだ。むしろ、氷室さんらしい言動だなと他人事のように思っていて、そんな自分を不思議に思った。


 ……なんて、自己内省をするのは後だ。


「日が暮れると動画映えしないから、とりあえず撮ってみよう」


 俺の問題は後回し。

 氷室さんの感情も気にしない。


 あくまで、これは契約関係。

 俺の役割は、氷室さんを飛躍させることだけである。


 そう意思を示すかのように、動画アプリを起動して氷室さんに向けた。

 彼女は、不機嫌そうな表情ながらも……しっかりと頷いてから、自分のスマホを取り出した。


「分かった。ちなみに、撮影の手順とか知らないんだけど、どうすればいいの?」


「踊りたい曲をスマホで流して踊ればいい。編集はこちらでやる」


「音声が動画に入らないの?」


「そもそも音声は使わない。音楽は後付けだ」


「……そういうこと」


 まぁ、俺も付け焼刃の知識なのだが。

 転生前は若者向けSNSだと思ってインストールすらしなかったので、まだ不慣れである。

 しかし、IT系の企業に所属していた営業だったからか、電子機器の扱いはそこそこ得意だ。そのあたりは任せてほしい。


「じゃあ、やってみるね」


 と、いうわけで。

 嫌々そうなのだが、氷室さんが一曲踊った。


 曲は俺がトレンドを調べている中で聞いたことのある、ポップで明るい曲である。

 選曲自体は悪くない。持ち前の運動神経のおかげか、ダンスそのものが簡単だからなのか、動きも様になっていた。


 ただし、大きな問題が一点。


「……顔が怖いな」


「誰のせいだと?」


「笑え。俺が嫌いでも、これでは愛嬌がないぞ」


「……そ、そんな気分になれるとでも?」


 心と体が乖離しているのだろう。

 分かってはいるみたいだが、やはりこればっかりは無理みたいだ。


 少し、俺に対するヘイトを煽りすぎたか。

 奮起してほしくて焚きつけたが、想像以上に効果がありすぎた。


「まぁ、今日はこんなところでいいか。俺も編集とかアップロードとかタグ付けとか、色々と触って確かめておきたかったし……どうせ最初の動画で人気が出る可能性は極端に低い。少しずつ、慣れていこう」


「分かった。明日までには、私も気分を直しておく」


「頼んだぞ。俺は嫌いでいいから、真田に愛されるためと思って割り切ってくれ」


「サトキンは、嫌われることが怖くないんだ。私と話しているのに、ずっと他人事だね」


 その冷ややかな言葉に対しては、何も言わずに苦笑してスルーしておいた。

 実際、その通りなので反論がなかったのである。


 ただ、そんな俺の様子を、彼女は不可解そうに見ている。


「なんか、同じ世界で生きてるのに、違うところにいるみたい」


 ……賢いな。

 まさにその通りだった。


 俺の問題点は、恐らくそこにあるのだろうが。

 しかし、この特徴がなくては、物語に介入することも難しくなる。


 佐藤悟というキャラクターは、単体では何も成し遂げられないほどに無力だ。

 だから、転生前の経験と記憶というズルい手段を使って、対抗しているのだが……そのほころびが、少しずつ出ているような気がした。


 もしかしたら、最上さんに告白を受け入れてもらえなかったのも、俺がこの世界に対して他人事だから……というのもあったのだろうか。


 あの子は、それを薄々感じ取っていたのかもしれない――。


お読みくださりありがとうございます!

もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!

これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ