第八十八話 「同じ世界で生きてるのに、違うところにいるみたい」
……なんというか、立場がハッキリして良かったのかもしれない。
俺は氷室さんの味方ではなく、厳密にいうと敵に近い存在である。
あくまで協力関係であって、俺が彼女に好意を抱いているわけでもない。
先程の会話で、そのことを彼女もしっかりと理解したらしい。
「気に食わないけど、とりあえずサトキンの言うことを聞くことにする」
目の色が変わった。
とはいっても、良い方向の変化ではない。
氷室さんの視線が、冷たくなった。
敵意を抱かれる前は、もう少しだけ親しみのある視線を向けられていたが、今は違う。
そして、それが正しいと思ってしまう自分に、つい苦笑してしまった。
(他人事、か。やっぱりそうなんだろうな)
当事者だというのに、今でも読者気分が抜けない。
嫌われたのに何も思わないのだ。むしろ、氷室さんらしい言動だなと他人事のように思っていて、そんな自分を不思議に思った。
……なんて、自己内省をするのは後だ。
「日が暮れると動画映えしないから、とりあえず撮ってみよう」
俺の問題は後回し。
氷室さんの感情も気にしない。
あくまで、これは契約関係。
俺の役割は、氷室さんを飛躍させることだけである。
そう意思を示すかのように、動画アプリを起動して氷室さんに向けた。
彼女は、不機嫌そうな表情ながらも……しっかりと頷いてから、自分のスマホを取り出した。
「分かった。ちなみに、撮影の手順とか知らないんだけど、どうすればいいの?」
「踊りたい曲をスマホで流して踊ればいい。編集はこちらでやる」
「音声が動画に入らないの?」
「そもそも音声は使わない。音楽は後付けだ」
「……そういうこと」
まぁ、俺も付け焼刃の知識なのだが。
転生前は若者向けSNSだと思ってインストールすらしなかったので、まだ不慣れである。
しかし、IT系の企業に所属していた営業だったからか、電子機器の扱いはそこそこ得意だ。そのあたりは任せてほしい。
「じゃあ、やってみるね」
と、いうわけで。
嫌々そうなのだが、氷室さんが一曲踊った。
曲は俺がトレンドを調べている中で聞いたことのある、ポップで明るい曲である。
選曲自体は悪くない。持ち前の運動神経のおかげか、ダンスそのものが簡単だからなのか、動きも様になっていた。
ただし、大きな問題が一点。
「……顔が怖いな」
「誰のせいだと?」
「笑え。俺が嫌いでも、これでは愛嬌がないぞ」
「……そ、そんな気分になれるとでも?」
心と体が乖離しているのだろう。
分かってはいるみたいだが、やはりこればっかりは無理みたいだ。
少し、俺に対するヘイトを煽りすぎたか。
奮起してほしくて焚きつけたが、想像以上に効果がありすぎた。
「まぁ、今日はこんなところでいいか。俺も編集とかアップロードとかタグ付けとか、色々と触って確かめておきたかったし……どうせ最初の動画で人気が出る可能性は極端に低い。少しずつ、慣れていこう」
「分かった。明日までには、私も気分を直しておく」
「頼んだぞ。俺は嫌いでいいから、真田に愛されるためと思って割り切ってくれ」
「サトキンは、嫌われることが怖くないんだ。私と話しているのに、ずっと他人事だね」
その冷ややかな言葉に対しては、何も言わずに苦笑してスルーしておいた。
実際、その通りなので反論がなかったのである。
ただ、そんな俺の様子を、彼女は不可解そうに見ている。
「なんか、同じ世界で生きてるのに、違うところにいるみたい」
……賢いな。
まさにその通りだった。
俺の問題点は、恐らくそこにあるのだろうが。
しかし、この特徴がなくては、物語に介入することも難しくなる。
佐藤悟というキャラクターは、単体では何も成し遂げられないほどに無力だ。
だから、転生前の経験と記憶というズルい手段を使って、対抗しているのだが……そのほころびが、少しずつ出ているような気がした。
もしかしたら、最上さんに告白を受け入れてもらえなかったのも、俺がこの世界に対して他人事だから……というのもあったのだろうか。
あの子は、それを薄々感じ取っていたのかもしれない――。
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