第八十五話 メインヒロインの『華』
夕暮れの河川敷にて。
こうして彼女と顔を合わせるのも、今日で三回目になるのか。
「やっと来たんだ。サトキン」
ふざけた名前も少しずつ馴染んできて、さほど違和感を持つこともなくなりつつあるこの頃。
川辺で夕日を眺めていた氷室さんが、俺の接近に気付いたのかこちらに視線を移した。
ルビー色の瞳は、夕焼けを反射して更に爛々と赤く輝いていた。
「今日も早いな」
「そうでもないよ。さっき来たから……それで、今日は何をするの?」
雑談も早々に打ち切って、早速本題に入る氷室さん。
馴れ合うことなんて不要。あくまで俺たちは契約関係にすぎない。
夏休み、最上さんとこうして二人で行動していた時は、よく雑談も交わしたものだが。
まぁ、氷室さんとは仲良くする必要もないので、ドライな関係の方が都合がいいか。
「ダンスは覚えてきたか?」
「もちろん。言われたから、ある程度は」
そう。昨日、俺は彼女にダンス系のショート動画が人気の『てっくたっく』から、流行っているダンスを何か覚えてくるように指示を出していた。
氷室さんは乗り気ではなかったが、なんだかんだ言われた通りに覚えてきたらしい。
「じゃあ、撮影しよう。シチュエーションもちょうどいいし」
夕暮れの川辺で踊る女子高生。うん、意外といい感じだ。
本当は学校内とかの方が、女子高生属性を強調できて良いのだが、さすがに人の目が多い場所は氷室さんもいやがるだろう。
「……なんか、納得いかないけどなぁ」
ほら。この通り、今もなお不満そうだった。
俺の言葉が信じ切れていないらしい。まぁ、最上さんが素直すぎただけで、普通はこんな感じで疑われて当然か。
「真田は間違いなく、インフルエンサー系女子高生は好きだぞ。あいつはスケベだから」
「それは理解してる。私も、さっくんが変態でスケベでどうしようもないことは分かっているんだけどね……こんな付け焼刃のダンスで、本当に人気になるのかは分かんないでしょ?」
なるほど。真田に好かれることを疑っているわけじゃなかったのか。
彼女が疑問視しているのは、方法論なのだろう。
「そんな簡単に人気者になれるならみんな苦労してないだろうし」
「当然の意見だな。『アドバイスされて試しにやってみたらあっという間にバズって人気者になれちゃいました』っていう展開がもうご都合主義でありえない、ということか」
「うん。まぁ、そんな感じ」
たしかにそう思うのも理解できる。
素人が軽い気持ちで参入して簡単に成功できるほど、安易な界隈でないことも把握はしている。
それなのにどうして、俺は成功できると確信しているのか。
「まず、君は『華』がある。望まなくても他者に意識されてしまうような魅力を持っているから、タレントとしての才能は申し分ない」
「そうやってサトキンは言うけど、それってあなたの感想でしょ? 高評価なのは悪い気がしないけどね……たまたま、サトキンが私のことを評価しているだけじゃなくて?」
「……人を見る目には自信があるんだ。こればっかりは論理ではなく、信じてもらうしかないが」
転生前、営業職に就いていたおかげで色々な人と出会った。
主にビジネスの場なのだが、成功者から失敗者まで多数と関係を構築した。
協力して業績を伸ばすこともあった。一方で、騙されて苦い思いをした経験も重ねた。
そのおかげか、人を見る目はだいぶ養われている。
要するに、俺は人生経験の浅い高校生ではない。むしろ、大人の中でも突出して人を見る能力に長けていると言ってもいいかもしれない。
そうでなければ、営業なんてやってられない。
あんな金の亡者共を相手に仕事していたのだ。嫌でも、人を見る目が鍛えられていたのだ。
むしろ、それが前提の助言ですらあったので、信用できないのならこの契約関係は破綻する。
その場合は仕方ないので、俺も手を引くことになるだろう。
ただ、この件について氷室さんはさほど食い下がることもなかった。
「ふーん。まぁ、私が美人なのはみんなが言ってるから、そこは間違いないんだろうけど」
謙遜はしない。
己を信じている彼女は、こういう時に決して自分を軽視しない。
この部分は、最上さんも見習ってほしいと思う。あの子は自己否定しがちなので、もうちょっと自分を肯定してあげてほしい。
その自信が、いわゆる『華』に繋がるのかもしれないな――。
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