第八十四話 『正ヒロインVSヒロイン連合』という構図
さて、氷室さんもいなくなったところで。
「そろそろ弁当でも食べるか」
お腹が空いたので、そんなことを提案してみる。
すると、隣にいた最上さんがこちらを見て目を丸くした。
「あ、あれ? 声は大丈夫なの?」
「うん。治った」
「どういうこと……!?」
まぁ、そうなるよな。
最上さんの反応は正しい。俺の急変に理解が追い付いていないみたいだ。
もちろん、氷室さんとの関係性を語るわけにはいかない。
いくら最上さんのためとはいえ、俺は今違うヒロインに肩入れしている状況だ。
それを知って、彼女が良い感情を抱くことはないだろう。
だから、全てが終わった後に謝る。
その上で改めて、ちゃんと……彼女との関係性を進展させよう。
(ごめん、最上さん)
と、心の中で謝ってから。
俺は、小さな嘘を重ねることにした。
「氷室さんに威圧されて声が裏返ったのかもしれない」
「そうなんだ……氷室さんの顔を見ただけで緊張してたってことだよね? 佐藤君って誰に対しても落ち着いているから、意外だなぁ」
素直ないい子だ。
俺の言葉を欠片も疑わずに、すんなりと受け入れている。
そのせいで余計に罪悪感を覚えて胸が痛いのだが、この痛みは俺が与えられた罰だ。きちんと受け入れよう。
「まぁ、俺も人間だからな」
「え? なになに? 日向の悪口!?」
嫌な地獄耳だ。
先ほどまで根倉さんをからかって遊んでいた性悪の湾内さんが、俺たちのところにすっ飛んできた。
「いや。悪口なんて言ってないが」
「いい子ぶらなくていいのよ。ほら、こっちに座って……ゆっくり語り合わない? あの顔もスタイルも成績も運動も完璧な女に嫉妬してムカつくと言う話なら、たくさんあるのよっ」
「俺は別に嫉妬してない」
「わ、わたしも、悪口は好きじゃなくて……」
と、陰口否定派の俺と最上さんがやんわりと抗議しながら、促されるままに椅子に座った。
ここって大丈夫なのだろうか。あと、A組の生徒が俺を不思議そうに見ているのも気になった。まぁそうなるよな。なんで真田の取り巻きとこんな脇役顔が仲良くしているのか、彼らも違和感を持っているのだろう。その気持ちはよく分かるよ。俺も同じような気持ちだから。
なりゆきとはいえ、まさか美少女たちとお昼を一緒に食べる関係になるとは。
世の中、何があるのか分からない。
「あたしのことを子犬扱いして、いっつも適当にスルーされちゃうのよね。相手にされないのが本当にムカつくのよっ」
「でも湾内さんはそういう扱いが好きなんだろ?」
「分かってないわね。あんたみたいに雑な感じで、いかにも邪魔そうな感じで接してもらえるのは好きだけどね? 無関心なのが嫌なのよ」
申し訳ないが、俺にはその違いが分からなかった。
好きの反対は無関心とか使い古された言葉があるが、あの通りなのだろうか。
嫌われているのはいいが、無関心でいられるのはちょっと違う、ということか?
うーん。湾内さんは変な女の子なので、理解する方が難しいか。このあたりで諦めておこう。
たぶん、この会話で重要なのは彼女のロジックではない。
(湾内さんは、氷室さんを苦手としている。根倉さんや尾瀬さん、あと最上さんとは良好な関係を構築しているのに……氷室さんだけは違うんだな)
その部分が強く印象に残った。
後々、何かしらの展開に繋がりそうである。このあたりは注意しておこう。
「まぁまぁ……悪口はこのくらいで。みーちゃん、ハンバーグをどうぞ。まずは一口、食べてみて?」
「なによ。風子、あたしが食べ物一つで機嫌を直すような簡単な女の子だと思わないでくれる? ったく……いただきます――美味しい! 何これすごいわっ。冷めているのに、市販のハンバーグと全然違うじゃない……!!」
簡単な女の子だ。
美味しい食べ物一つでコロッと機嫌が直った湾内さんを横目に見ながら、俺もハンバーグを一口食べた。
うん、美味しい。
技術の発展した昨今は、冷凍食品でも十分に美味しいのだが……やはり手作りというのは、一味違った。
さて、今日も夕方には氷室さんと会う約束がある。
その時のためにも、しっかりと食べて英気を養っておこうか――。
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