第八十三話 正ヒロインと元モブヒロインの仲は悪い
まずい。
氷室さんが俺を凝視している。
(真田以外には興味なんて持たなかったのに……!)
油断していた。
もちろん、このクラスには彼女がいることも知っていたわけで、こうして鉢合わせになることも容易に予想できる。
ただ、彼女は真田以外の人間に対して異常なまでに興味がない。だから、俺のような脇役顔を覚えていない……はずだった。
少なくとも、俺が漫画として読んでいたころの彼女はそういうキャラクターだったのである。
だから大丈夫だと高を括っていたのだが。
「佐藤……あなたは佐藤って名前なの?」
最上さんの呟いた俺の名を、彼女が復唱している。
俺という存在を認識しようとしていた。
「え? あの、氷室さんは、佐藤君と知り合いなの?」
最上さんは不思議そうな表情を浮かべている。
俺に対して、ではない。氷室さんに対して、何かを探るように声をかけていた。
「……別に」
ただ、不幸中の幸いと言っていいのか。
氷室さんは――最上さんに対して反応が悪い。
(仲が良い、というわけではなさそうだな)
最上さんの態度は普通だ。
しかし、氷室さんの方が心に壁を作っている。
恐らくは意図的なのだろう。『ライバルと馴れ合うつもりはない』と示しているようにも見えた。
(他のヒロインは懐柔されたが、やっぱり氷室さんだけはそうならない……と)
彼女にとって、最上さんは明確な恋敵。
超えなくてはいけない壁であり、追いかけなければならない存在なのだ。
現状では大きく差がつけられていようと、関係ない。
彼女だけは、必死に追いすがっている……と、二人の関係性を分析している場合じゃないな。
(ど、どうする? 声を発するとバレそうだが)
先程、うっかり声を漏らしてしまった。
そのせいで彼女は俺からサトキンを連想しかけている。まだ思い浮かんではないようなので、このあたりで追い払っておきたい。
と、いうわけなので。
「サトウデスケド(裏声)」
変な声で対応することにした。
変人だと思われるだろうが、正体がバレるくらいよりマシだ。
「え。佐藤君、急にどうしたの!?」
「コエガトンダ(裏声)」
「……気のせいか」
よし。氷室さんが途端に俺への興味を失った。
たぶん、ヤバそうな奴という認識に至ったのかもしれない。急に裏声になった俺にちょっと引いているようにも見える。
「ごめんね。あなたみたいに強烈な人間を覚えていないわけないから、やっぱり初対面だと思う」
「ダイジョウブ。キニスルナ(裏声)」
「こ、壊れた? 佐藤君が壊れた……!?」
最上さんが俺の急変に混乱しているのはさておき。
氷室さんとの会話はこのあたりで打ち切りとなる。最後に俺を一瞥してから、完全に視線を切ってくれた。
ふぅ。なんとか乗り越えた……!
「ねぇ、子犬。私のさっくんはどこ?」
そして今度は、根倉さんをからかっていた湾内さんに話しかけている。
こちらからは完全に意識がそれたみたいで良かった。
「は? あたしに質問するなら対価を渡しなさいよ。普段は冷たいくせに、都合がいい時だけ利用しないでくれる?」
「ほら。このジュースあげるから」
「いいの!? やったー♪ じゃあ、あたしが知っていることを教えてあげるわ」
「早く言って」
「才賀がどこにいるのか――あたしも分かりませーん。はい、おつ~w」
「じゃあ、最初からそう言ってよ。ジュースを損しただけね。うーん、連絡もきてな……あ、来てた。コンビニに行ってるみたいよ」
「え。あんたには来てるの!? あたしは来てないのにっ」
「まぁ、幼馴染だからね」
「む、ムカつく! ただ幼いころから知り合いだっただけでマウントを取らないでくれる!?」
「ふふっ。残念でした」
「ちっ。相変わらず、気に入らないわ」
「はいはい。じゃあ、私は才賀を追いかけてくるから。まったく、コンビニに行くなら私も連れて行ってよ……!」
……流石の正ヒロインだな。
湾内さんすら適当にあしらっている。彼女の口車に乗せられず、冷静に対応していた。
それが気に入らないのだろう。湾内さんは不服そうな表情を浮かべているが、そんなこと無視して彼女はさっさと教室を出て行った。
その背中を見送ってから、俺もそろそろお昼ごはんを食べようかなと思っていたのだが。
「…………」
ただ、去り際。
教室の扉付近で、最後にもう一度見られた気がして、少し背筋が冷えた。
気付かれてはいないはずだが……やはり、気にはされているのだろうか。
これからは、A組にくることは控えてもいいかもしれない――。
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