第八十二話 浮気しているみたいだね
「えー。中庭って、今日は太陽が出てて暑くない? 日焼けしたくないんだけど?」
昼食を食べる場所として、いつもの中庭を提案したらこれだ。
じゃあ最初からそう言ってほしい。俺にいちいち考えさせる意味はなかった気がするのだが。
……いや、俺の言葉を否定するのが趣味なのかもしれないので、そういう性癖なだけか。
湾内さんは意外と雑に扱われるのも好きらしい。それ以降、俺は感情よりも優しく接しているつもりだった。こいつを悦ばせたくないという一心なのだが、それを上回るナマイキっぷりに翻弄されている昨今。
「A組の教室でいいんじゃない?」
「俺が気まずいが」
「あたしと風子は自分の教室だから大丈夫よ」
「わ、わたしも気まずいなぁ」
「風子はクラスになじむ努力をしなさい。ほら、佐藤もいるからちょうどいいでしょ?」
「……たしかに! 佐藤君がいるなら、それでいっか」
俺が良いかどうかまで考えてくれると嬉しかった。
もちろん、最上さんと一緒にいられることは嬉しい。あと、なんだかんだ湾内さんにも気を遣わなくていいので、一緒にいて気まずいという感情もない。ただ、他クラスの人間として、やはり外のコミュニティにお邪魔している感覚は拭えないだろう。
もっと言うと、A組は真田のクラスだ。
あいつがもし教室にいたらどうしよう。何か一波乱起きそうで嫌だなぁ、と思っていたものの……結局、湾内さんに押し切られる形で、A組で食べることに。
俺としては乗り気ではなかったのだが。
しかし、今日は幸運なことに――真田の姿がなかった。
「あれ? 才賀は?」
「……いないね。やった♪」
最上さんも意識してたらしい。あいつの姿がないことに喜んでいた。
それはそれで真田が可哀想な気もするが……まぁ、これは気のせいだな。真田のことはどうでもいいや。
「ねぇ、陰キャ。才賀はどっか行ったの?」
「ふがっ。み、美鈴ちゃん、寝てたのに起こさないで……」
と、湾内さんに小突かれて体を起こしたのは、根倉伊ノさん。
俺も存在には気づいていたが、机に伏せていたのでそっとしようとしていたのに……湾内さんが遠慮せずに起こしていた。
「授業中も寝てるからいいでしょ。ねぇ、才賀は?」
「……知らない。才賀ちゃんが私に出かけ先を教えるわけないよ。ふひひ」
「あっそ。じゃあ、もういいわよ。惨めに寝てなさい」
「うん。おやすみなさい……棺桶には除湿剤を入れてね」
そう言って再び根倉さんは机に伏せた。
相変わらずヒロインとして死んでいた。安らかな眠りを。
「根倉さん、今日は元気ないね」
「いつもでしょ。この陰キャが元気な時なんて見たことないわ」
「で、でも。ほら……尾瀬さんと一緒にいる時は、もうちょっと動くよ?」
「そういえば、お嬢は風邪なのよね……ったく、やる気あるの?」
ああ、そういえば縦ロールの女の子が見えないと思っていたのだ。
なるほど。尾瀬さんは風邪をひいて休んでいるらしい。というか、お嬢って呼び方は反社会組織の令嬢的なニュアンスが出てくるのだが、いいのだろうか。良くない気がするけどなぁ。
「うーん。才賀がいた方が面白くなりそうだったのになぁ」
やっぱりか。
湾内さんは俺をあいつと鉢合わせにしようとしていたのかもしれない。
この子の思惑通りにならなくて良かった――と、安心していたのも束の間。
「ごめんね。通してくれる?」
俺が教室の入口付近で立っていたせいだろう。
後ろから女子生徒が声をかけてきたので、慌ててその場をどいた。
「ごめん。どうぞ……っ」
謝りながら、その声の持ち主を見る。
その瞬間、思わず動揺しそうになった。どうにか顔には出ないように力んで表情の変化は抑えたものの、声はもう発してしまったので、手遅れである。
「ありが……あれ?」
背後にいたのは、白銀の髪を持つ少女。
彼女の名前は――氷室日向だった。
(まずい。バレるか……?)
一応、河川敷で会う時は欠かさずサングラスをかけるようにしていた。
髪の毛もオールバックにして、普段とは違う印象を彼女には植え付けている。
だが、声は変わっていないし、背丈や体型は同じなのだ。
「ん~?」
俺の声を聞いて、違和感を覚えたのだろう。
氷室さんは、こちらの顔をじーっと凝視していた。
「あの、どこかで私と会ったことある?」
「…………」
さて、どうする?
完全に気付いているわけじゃないが、俺のことは他人とも思っていないらしい。
氷室さんが目を細めてこちらを観察していた。
俺の正体はバレたくない。
なぜかと言うと……彼女に、変な疑いをもたれたくないからだ。
「……佐藤君?」
動揺する俺を見て、最上さんは何かを察しているのか。
俺のことを、不思議そうに見ていた。
こ、この状況は、まずい。
まるで浮気がバレそうになっているみたいだった――。
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