第八十話 主人公の脳みそは頭についていない。下半身についている
さて、プレゼンはこんなところか。
俺の言いたいことは全て伝えられただろう。
あとは判断してもらうしかない。
俺の提案に乗るか、乗らないか。
「……分からなくもない、かな」
俺の話を聞いて、彼女は完全に納得したわけではないようだ。
だが、理解を示してくれた。決して的外れなことを言った、とは思っていないようなので、それなら及第点だろう。
よし。これで、次の段階に進める。
「ちなみに、インフルエンサーになるって簡単に言うけど……私は何をすればいいわけ?」
「踊れ」
「え」
「だから、踊れ」
そう言って、俺はスマホを取り出して動画を見せた。
それはとある有名SNSの公開ページ。画面では、若い女子高生がリズムに合わせて踊っていて……それを見て、氷室さんはこう呟いた。
「む、むり」
顔を真っ青にして、彼女は全力で首を横に振っている。
まぁ、それも当然だ。何せ彼女は、こうやって軽いノリで踊れるタイプじゃない。
「私、そういえばSNSとか嫌いだった」
承認欲求が強い少女じゃないのだ。
あくまで彼女は、真田にさえ愛されていればいいのである。
だが、それでは足りない。
氷室日向という完璧な美少女ヒロインには、どうしても『人気インフルエンサー』という肩書がほしかった。
ステータスにその表記があるだけで、彼女の評価は一変する。
「てか、だいたい……さっくんが好きになってくれるか分かんないじゃん。私がそうやって踊っても、最上さんに夢中なままだったらどうするわけ?」
「いや、それはない。あいつは絶対に、氷室さんにすり寄ってくる」
この部分においては、断言できた。
俺は誰よりも真田才賀という人間を知っている。転生前は読者として、嫌でもあいつ中心の物語を読んでいたのだ。
「だって、真田はミーハーだろ? 有名インフルエンサーの動画ばかり見漁っていて、アイドル好きで、声優ファンで、Vtuberも愛していて、コスプレイヤーをフォローしまくっていて、SNSでこういうミニスカ女子高生の動画ばっかり見てるよな?」
そういうことなのだ。
最上さんに対する態度の変化を見ても分かる。
悪い言い方をすると、真田才賀は俗っぽい。
良い言い方をすると、裏表のない素直な人間なのだ。
あいつはちゃんとスケベな男子高校生である。
行動の根幹がほぼほぼ下心だ。
「…………」
俺の指摘に、氷室さんは無言になった。
どうやら否定できないらしい。思い当たる節もたくさんあるのだろう。真顔になって、それから……悔しそうに、小さく頷いた。
「そうだった。さっくんって、そういう奴だった……!」
「残念ながら、あいつの脳みそは頭についていない。下半身についている」
「そ、そんなわけ――あるから、否定できないけどっ」
酷い主人公評である。
だが、事実なのだから仕方ない。
真田は顔とか雰囲気こそ良いが、下心にまみれた浅ましいスケベ野郎である。そのせいか、実は読者からも人気は低かった。ヘタレだし、主人公的なかっこよさがまるでないので、それも仕方ないだろう。
「あいつが最上さんに夢中なのも、みんなに人気があるから……と、いうのが一つの理由であることは間違いない。だったら、氷室さんもそういう存在になればいい」
そういうわけなので、もう一度。
「踊れ。恥ずかしい気持ちを捨てて、ネットに顔をさらし、デジタルタトゥーを刻め。年を重ねた時、ふとした拍子にかつての動画を見かけて、黒歴史に悶えることになるだろうが……せいぜいそれだけだ」
「ちなみに、やだと言ったら?」
「俺は帰る。一人で気がすむまで叫んでから、惨めな気持ちになって初恋の人を諦めて、この時に勇気を出して一歩踏み出さなかったことを後悔しながら、妥協した男性と結婚して、子供を授かって、微かな青春の後悔を引きずりながら、一生を終えていくといいんじゃないか?」
「め、めっちゃ嫌なことを言われた……」
「で、どうする? もう日が沈みそうだから、そろそろ帰ろう。その前に返事を聞かせてくれ。踊るのか、踊らないのか」
「……った」
「え? なんだって? 聞こえないが」
「――分かった!」
よし。
さすが、正ヒロインだ。
他の諦めてしまったメインヒロインたちとは違う。
泥水をすすってでも、戦う。
そういう覚悟が、見えた。
「やってやる。さっくんに好かれるために、私だって……!」
大好きな人に、愛されるために。
うんうん。これは、青春だな。
(……本当に、真田にはもったいない女の子だ)
正ヒロインだから、とか関係なく。
純粋に、いい子だと思った。
だから、手伝おう。
この子が報われるために、力を貸してあげよう。
そう、心から思った――。
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