第七十九話 今時のヒロインに必要なたった一つの要素
氷室日向は完璧なヒロインである。
しかしだからこそ、彼女には弱点がある。
それは、多くの男性に愛されるための要素がないということ。
簡単に言うと、愛嬌がないのだ。
なぜなら、彼女は愛嬌を振りまく必要がない。
特定の一人に愛されたいと言う願望しかないのだから、愛嬌はそもそも必要のないものだったのだろう。
しかし、そのせいで現状は最上さんに大きな差がつけられているのだ。
「そ、それは、否定できない」
「自覚はあるんだな。愛嬌がないから、そんなに容姿がいいのに人気がほどほどにしかないんだよ。だから真田はこう思うんだ。『日向は俺だけを好きだから、別に焦る必要がないな』って」
「ぐはっ」
「それから、『最上は日向と違って人気があるから、誰かに取られるかもしれない』って考えていると思う」
「……も、もうやめて」
氷室さんが苦しそうに呻いている。
それを見て、俺はちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
(まぁ、真田が焦っている理由は、半分くらい俺のせいだと思うが)
最上さんに人気があるだけじゃない。
俺の存在も、あいつを焦らせて、氷室さんを蔑ろにさせている大きな要因でもあるだろう。
それなら、なおさら……彼女を手伝うべきだろう。
「分かった。私に愛嬌がないというのは、認める。異性からの人気が最上ほど高くないことも事実だと思う。でも、それがインフルエンサーになることと、どんなつながりがあるわけ?」
「さっき言っただろ? 人気があるやつが人気が出る。アイドルとか、配信者とか、声優とか、現代において花形に分類される職業は全て人気がある。最上さんもそうだ。人気があるから、真田は彼女をより魅力的に思っている。だから君も、そういう評価をされればいい」
回りくどくなったが。
要するに、そういうことなのだ。
「最上さんの人気は、せいぜい地域内程度。でも、氷室さんが日本規模……いや、世界規模で人気が出たら、その時はまた周囲の目が変わる。もちろん、そのためには愛想を良くする必要もあるし、戦略だって必要だ。ただ、仮に君が有名になったら……真田の態度も変わると、俺は思っている」
「……本当にそうなの? 私はちょっと、納得できないかな」
説明したおかげで、俺の発言の真意は伝わった。
だが、それでもまだ氷室さんは首を傾げている。
最上さんは、俺の言うことを全て無条件に受け入れてくれたが。
やはり氷室さんは違うな。どちらが良いとか悪いという話ではなく、これはそれぞれの個性だ。
ただ、彼女は偏屈なわけじゃない。
納得のいく論理さえ展開できれば、きっと頷いてくれるはず。
恐らく俺は今、試されているのだ。
彼女の信頼に足る存在なのか。彼女の期待に応えられる能力があるのか。その部分を、冷静に見極められていた。
「みんなに人気のある『アイドル』みたいな存在って……手の届かない場所にいるみたいで、寂しい気がするけど」
「その言い分も一理ある。実際、一昔前まではそういう考え方が定番だった。『あまり評価されてないけど、実は自分だけが気付いている美少女』という属性は強かったんだけどな」
たとえば、俺だけが知っているかわいいモブ子ちゃん――みたいな。
かつてはそういう属性のヒロインが強かった。
周囲からは浮いている存在だが、主人公とだけは仲が良いとか。
周囲からは一切評価されていないが、主人公だけはヒロインの魅力に気づいている、とか。
しかしそれは、もう古いのかもしれない。
現代のヒロインの定番は、少し違う。
「『みんなに人気があるけど、俺だけを愛している』という特別性。それが今の定番だ」
正直なところ……俺は古いオタクだったので、実は今の時代に少し乗り遅れている感じもする。
実際、この『もうラブコメなんてこりごりだ(泣)』がそこまで人気がなかったのも、ヒロインの属性がやや古い傾向があったせいだと思う。そのせいで、メインターゲット層である若年層に刺さりにくかったのだろう。
逆に、俺のような新時代についていけない人間は楽しめた、というのが皮肉な構図だが。
話がそれたな。とにかく、氷室さんに足りない要素はこの部分なのだ。
「氷室さんはステータスが高い。顔面のレベルも高くて強い。このタイプはインフルエンサーとして成功しやすいと思う……万人が持つ『華』じゃない。それは君の才能だ」
恐らく『華』という一点において彼女は最上さんに勝る。
これは先天的な才能だ。天から授かったものであり、後天的に開花した最上さんにはない魅力である――。
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