第七十八話 元モブヒロイン(人工)と元正ヒロイン(天然)の大きな違い
『インフルエンサーになれ』
その一言に、氷室さんは……予想通り、不満そうな表情を浮かべていた。
「なんで?」
「真田に好かれるためには、こうすることが手っ取り早い」
「根本的に分かってないんだけど。インフルエンサーになったら、なんでさっくんに好かれるの?」
まぁ、そうか。
この因果関係は、たしかに説明しないと分かりにくいかもしれない。
「なぜ、アイドルみたいな職業に人気が出やすいと思う?」
「え? 急に何?」
「いいから、答えろ。アイドル、芸能人、配信者、声優、コスプレイヤー……そういった職業の人間があんなに人気がある理由を考えたことはあるか?」
現代における、花形といっていい職業だろう。
専門性が高い、とか。希少性がある、とか。一部にはそういった方もいるが、しかしその肩書を名乗るだけで一段階好感度が上がる職業だ。それはなぜなのか。
「……容姿がいい、とか?」
「部分的に正解だが、それが一番の理由ではない」
「じゃあ、どういうこと? 分からないよ」
「正解は『人気があるから』だ」
「何それ。『人気があるから人気』ってこと?」
構文が小泉すぎるのはさておき。
しかし、実際にそういう理由も含まれているから、世界というものは不条理だ。
「ちなみに、心理学ではこれを『バンドワゴン効果』という」
いわゆる、人気作が更に売れまくる法則というものだ。
ランキングで一位の商品は売れやすい。人気だから良い商品だと思われやすい、いう理由である。
つまり、前述の職業に人気があるのもこういった理由が含まれているというわけだ。
人気が人気を呼ぶ業種というものがある。
先人たちの成功によって、その肩書を名乗るだけで信頼度が上がる。
もちろん、そういった価値のある肩書は、名乗るためにオーディションや専門学校などを経る必要があるし、人気者になるためには秀でた専門性も必要なので、必ずしも肩書きだけで売れるわけではないのだが。
しかし、俺が語りたいのは『人気があるから人気が出ることもある』ということであって、その部分は本質じゃない。
なので、大まかな説明に留めておいた。
「へー。サトキンの偏見じゃなかったんだ」
「違う。そういう評価のされ方もある、ということを俺は説明しただけだ」
少し横道にそれたが、話を戻そう。
要するに『人気度』がいわゆる、評価の項目に存在するということだ。
この点において、最上さんと氷室さんには大きな差があるのだ。
「最上さんは今、ほとんどの男子から人気がある」
「――それが、私との違いってこと?」
お。氷室さんも気付いたらしい。
ようやく意図が伝わって安堵した。
「そういうことだ」
「……私も結構、モテるけど」
「しかし、最上さんは君の比じゃないぞ」
残念ながら、その部分においては氷室さんは太刀打ちできない。
なぜなら氷室日向という少女は、真田に愛されるためだけに生きてきた少女なのだ。
異性の目なんてまったく気にしていない。
それを男子は無意識に感じ取っている。本能的に可能性がないことを察知して、好きになろうという意思が発生しないのだ。
しかし、最上さんは違う。
いや、彼女本人も別に『異性の目を気にしている』わけではないのだが。
ただ……最上風子という美少女は、氷室さんのように勝手に発生したわけじゃない。
あの子は、俺のアドバイスによって『人工的』に製造されたヒロインなのだ。
「巨乳という分かりやすい魅力。黒髪という万人受けする要素。煩悩をくすぐる体型。そして、ニッチな層に刺さるメカクレ属性と……庇護欲をそそるおどおどした性格も、男性に勘違いさせやすい。『あ、強引に押せばイケそう』という適度な隙の多さが、最上さんにはある」
派手すぎず、地味すぎない。
それを意識して、俺が調整した。
もともとは、真田に愛されるようなヒロインを意識して諸々を整えたのである。
モブヒロインという枠に収まらず、たくさんの人に愛されてほしい。
そんな願いを込めて製造されたヒロインは、結果的に人気が出すぎて大変なことになってしまった。
最上風子という少女は、『手が届きそうで届かない位置で咲く花』と表現してもいいだろう。
月を取ろうとする人間はいない。だが、背伸びしてギリギリ届かない位置にある果物なら、取ろうとする人間はたくさんいる。
「でも、氷室さんは違う。他の追随を許さない造形と、非の打ち所のないステータス……君のような異性を見て、男性はこう思う。『この子には相手にされない』と。隙がなさすぎることが、人気度の差となっている」
氷室日向は、完全無欠のパーフェクトヒロインだ。
しかしそれが他者を遠ざける一因にもなってしまっている。
……まぁ、難しく色々と理由を並べているが、簡単に言うと次のセリフに集約されるだろう。
「つまり、氷室さんには愛嬌がない」
「――ぐふっ」
あ。クリティカルだ。
あまりにも的確な指摘だったのかもしれない。氷室さんは腹を殴られたように息を吐いて、そのままぺたりと地面に座り込んでしまった――。
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