第七十七話 正ヒロインが返り咲くために
やはり、真田からなんとなく焦りを感じる。
あのヘタレザコテンプレ主人公にしては、最上さんに対して積極的すぎるのだ。
生物は脅威を前にすると進化する。
俺という存在のせいで、あいつは焦っているように感じた。まさか俺がいる場で牽制してくるとは……最上さんも巻き込まれて可哀想に。
まぁ、他人事のように語っているが、俺も当事者なのだが。
しかし、どうして真田はあんなに最上さんに執着しているのか。
その理由が、イマイチ分からない。
最上さん自身も真田の心情は分かっていないらしく、昼休みに『わたしがみんなに認識されるようになって、急に態度が変わった』とぼやいていた。
そのセリフが、実は少し引っかかっていた。
俺としては『最上さんの容姿が変貌したから、真田の態度も変わった』という認識だったので、その観点は新しかったのである。
実際、俺の考察も間違ってはいないだろう。ただ、最上さんの言葉も、正解の一つだと思った。
つまり、ここが――彼女との違いなのかもしれない。
「サトキン。来たけど」
茜色に染まる川面をぼんやりと眺めながら思考にふけっていると、背後から声をかけられた。
挨拶はない。俺たちは交流を深めるために待ち合わせしたわけじゃないので、当然だ。
俺たちの間に絆や縁はない。
ただの利害関係でしかなく、契約の上で一時的に協力しているだけである。
だから、気を遣い必要もない。
(サングラスの準備をして、と)
ポケットからサングラスを取り出して、しっかりとかける。髪も全て後ろにもっていって、ささやかな変装をした後で、ようやく振り返った。
そこには、制服姿の氷室さんがいた。
彼女は腕を組んで目を細めている。逆光の西日が眩しいのだろう。あるいは、真田に相手にされなくて不機嫌なのか。もしくは両方か、表情もどこか芳しくなかった。
まぁ、彼女の内心はどうでもいい。
俺がやるべきことは、彼女を『真田の第一恋人候補』へと返り咲かせることだけだ。
「氷室さんの欠点は何だと思う?」
「ない」
食い気味だった。
俺の問いに、彼女は迷うことなく首を横に振った。
この自信は最上さんと違う。己という存在を彼女は決して否定しない。
それはれっきとした、氷室さんの強みである。
「その通りだ。君に欠点はない。顔も良い。スタイルも最高。勉強もできる。運動能力も抜群。料理上手。そして、幼馴染……最高の女の子だ。氷室さんみたいな幼馴染がいて、好きにならない男子はいないだろう」
「ごめんね。私、さっくん一筋だから、口説かれても困るかな」
「口説いてないから安心しろ。俺は事実を伝えている」
「あっそ。ふーん……意外と高評価なんだ」
「君に低評価をつける方が難しい」
氷室日向は、それほどの存在感を放っている。
しかし、それではどうして……今、真田に相手にされなくなってしまったのか。
「しかし、現状の氷室さんは最上さんに大敗している。真田は最上さんに夢中で、君には塩対応になっている。なぜそうなる? 君のような素晴らしい幼馴染がいて、なぜあいつは最上さんしか見えなくなっているのか。その理由は、分かるか?」
「……胸、とか? 私もまぁまぁサイズがあるけど、最上さんってレベルが違うよね? そのせい?」
「先ほども言ったはずだ。容姿という要素において、君は決して負けていない。胸の大きさなんて、些細な問題の一つでしかない」
胸が大きいから、真田が最上さんに夢中になっている――というのは、不完全な論理だ。
たしかにあいつは性欲に素直だが、やはり別の理由が大きいと俺は分析している。
「それなら、何が違うのよ。私には分からないから、モヤモヤしてるの……最上さんはたしかにいい子そうだよ。ライバルだけど、嫌いになれないような優しい女の子だと思う。でも、私も別に性格が悪いってわけじゃないだろうし、そこが本当に分かんないのよ」
氷室さん自身も、やはり気付いてはいない。
いや、気付くことはできないだろう。
幼いころからずっと、彼女は真田才賀一筋だった。
あいつ以外には見向きもせず、ただただ一途に、真田のことを好きなまま育った。
だから、彼女は……他人からの評価を気にしない。
それが最上さんとの決定的な違いなのだ。
「ねぇ、サトキン。教えて……私は、最上さんに勝つために何をすればいいの?」
さて、長くなったが前置きはこれくらいにしておこうか。
いよいよ、本題に入る。
彼女が最上さんに勝つために、何をすればいいのか。
その答えは、これだ。
「――インフルエンサーになれ」
氷室さんには、人気者になってもらう。
それが、今時のヒロインになくてはならない、大きな要素なのである――。
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