第七十六話 脇役「俺は手作り弁当を食べている。で、お前は?(ドヤ顔)」
真田に声をかけられてしまった。
無視して通り過ぎればよかったものを……こうなっては、対応せざるを得ないだろう。
「真田か。何か用事か?」
「いや、お前に用事はねぇよ。最上にちょっと聞きたいことがあってな」
「え? わ、わたし?」
真田が現れたせいなのか。
最上さんはさっきまで楽しそうだったのに、表情が強張ってしまった。
緊張しているのかもしれない。先ほどのような朗らかな表情ではなくなって、残念である。
「この前、ほら。ショッピングセンターで会った時のことなんだけど」
「……っ」
ショッピングセンター。
そのワードを聞いて、最上さんは露骨に俺を見た。
なるほど。彼女の表情が強張った理由が分かった。
(緊張しているんじゃなくて、俺に対して気まずくなっているのか)
あの時、最上さんは湾内さんの策略で強制的に真田とのイベントに巻き込まれた。
不可抗力とはいえ、彼女はその時の行動に罪の意識を持っている。明らかに俺の目を意識しているのだ。
『別の異性と一緒にいるような女子は嫌われるかもしれない』
そう思っているのか、あの時の話題は一切出さなくなったくらいである。
別に気にしなくてもいいのだが……そう伝えたところで、彼女の罪悪感は消えない。だから俺も、あえて触れずに風化させようとしていたというのに、真田がそれを掘り返してきた。
さすが主人公である。
ヒロインが一番弱い部分を突くのが上手いな。
「あれからどうだ? 変な男とかに付きまとわれたりしてないか?」
「してない、けど」
「それなら良かった。何かあったら、いつでも言ってくれ。俺で良ければ、助けに行くから」
……俺の前でわざわざ言うことなのか。
明らかな宣戦布告というか、挑発にも近い気がする。
彼女と二人きりの時に言えばいいものを。
もちろん、俺が不快になっているわけじゃない。
(最上さんが動揺するだろ……)
見るからに、挙動不審になっている。
俺を見て、しかし罪悪感のせいかずっと見ることはできず、すぐに視線をそらして……しかしそれでも表情が気になるのか、またこっちを見て――ということを何度も繰り返していた。
真田的には、俺への牽制のつもりだろう。
しかし、もう少し最上さんのことも考えてあげてほしいものだ。
「用事はそれだけか?」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、帰れ。俺は最上さんと一緒にお昼を食べるのに忙しいんだ。彼女の手作り弁当を、な」
「て、手作り……っ」
ふっ。お前がいくら足掻こうと、俺が最上さんの手作り弁当を食べている事実は変わりない。
これ見よがしに一口卵焼きを食べて、それから大きく口を動かした。
「もぐもぐ。美味い! 最高の卵焼きだ」
「くっ。う、美味いのか?」
「ああ。最高の味だ。卵と鶏、どっちが先かという論争で卵が先と言いたくなるほどの味だな」
「哲学を超えた味、ということか……!」
「そういうことだ」
どういうことなのか。後で冷静になった時に自分でも分からなくなりそうだったが、ささやかながらに真田に仕返しをしておいた。
「お、俺にも一口くれ!」
「ダメだ。これは俺だけの弁当。お前は他の女子にでも作ってもらえよ」
「それが、作ってもらえないんだよ。今までは日向が作ってくれてたのに……ちっ。腹減ったから、コンビニで飯でも買ってくる。じゃあな」
ああ、そういうことね。だから外を歩いていたわけだ。
氷室さん、あまりにも真田が最上さんのことに夢中だから、へそを曲げてしまったのかもしれない。
いい反骨心だった。さすが正ヒロイン。真田の都合が良いように扱われない強さがあるな。
と、そんなこともあって、真田はようやく去って行った。
あいつの背中が見えなくなってから、ようやく最上さんは緊張が解けたらしい。
「はぁ……うぅ」
「大丈夫か? 顔色が悪いが」
「そう? 実は最近、ああやって話しかけられることが多いの。それで、ちょっと緊張しすぎてて」
最上さんは、真田のことで結構悩んでいるのかもしれない。
表情が先ほどよりも重くて、心配になるくらいだった。
「お疲れ」
「……あ! 別に、真田君とは何もないからね? 話しかけられても、あんまり答えることもないし」
真田の話で、俺が気を悪くすることが心配になったのか。
「でも、最近はすごく露骨になってて……なんか、変だよね。誰にも見てもらえなかった時は、相手にもされなかったのに。わたしがみんなに認識してもらえるようになってから、急に態度が変わってて……それで、えっと」
最上さんは、補足の説明を慌てて追加した。
たぶん、最上さんと真田の関係性を俺に誤解されたくないのだろう。細かい説明を聞いて、小さく笑った。
大丈夫だ。俺はそんなに器の小さい男ではないからな。
「今度、気分転換に出かけるか? あ、次はあの小娘はなしだからな」
安心させるためにも、そんな提案をしてみる。
すると、最上さんは……嬉しそうに笑ってから、大きく頷いた。
「――うん!」
よし。これで、少しは気持ちが楽になってくれただろうか。
ごめんな、最上さん、もう少し辛抱していてくれ。
(真田に付きまとわれるのも、今のうちだけだから)
やはり、あの子の力が必要だ。
どうやら、真田との関係もギクシャクしているらしいが……正ヒロインである氷室さんには、ぜひとも真田と仲直りしてほしいものである――。
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