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第七十四話 名脇役

 氷室さんは俺を警戒している。

 先ほどは勢いで手を握ってくれたとはいえ、このままだとやはり信頼関係を構築するのは難しい。


 だから、ある程度は俺のことについても話した方がいいだろう。


「氷室さん。君が真田の恋人になってくれると俺は嬉しい……いや、助かると表現したほうがいいかもしれない」


「助かるって、どういうこと?」


「実はな……真田の周囲にいる女の子の中に、片思いしている子がいるんだ」


 嘘は言っていない。

 ただ、この言い方はやや卑怯かもしれない。

 なぜなら、俺の表現は『真田に恋している女の子の中に好きな子がいる』という意味に聞こえるからだ。

 実際には違う。最上さんはあいつの周囲にいる……という表現も適切じゃない可能性もあるが、大枠でとらえるとそう言えなくもないので、嘘ではないということにしておいた。


「――なるほどね」


 ただ、今の一言は氷室さんも分かりやすかったらしい。

 一瞬で、警戒が緩んだ。むしろ、お互いに立場が似ていると分かったからなのか、親近感も覚えてもらえているような気さえする。


「私と同じなんだ。片思いしている人に振り向いてもらえなくて、苦労している……と」


「まぁ、だいたいそんな感じだ」


「片思いしている人が別の人に夢中で、モヤモヤしているんだね」


「大まかに言うと間違ってはいない」


「そっか。私と一緒だ……今までずっと意味深なことばかり言ってきたくせに、急にタイプの女の子が現れてから私なんて見向きもしなくなって、それが悔しくて叫びたくなったりする感じだ……」


「うん。宇宙という規模で考えると、ほぼほぼ一緒だな」


 ごめん。俺は川で叫びたくなる気持ちには共感できない。

 そんな青臭いことができる年齢じゃないんだ。アラサーをなめるなよ。人生の終着点が朧気に見えて途端にやる気とか元気とか健康とかが萎えていく年齢だからな。こんな青春ができるのは十代だけだ。


 すごく、俺にとっては羨ましい。

 彼女たちの瑞々しさには、やはり憧れる。


 こんなに一生懸命、何かをしたことがない。

 感情がぐちゃぐちゃになるくらいの恋なんて、したことがない。


 その渦中にいる君たちに、俺は心から焦がれる。

 だから、その手伝いをしたいと思ったのかもしれない。


「俺は君の事情をほとんどは把握している。何せ、片思いしている子が真田の周囲にいるからな……ずっと見てたせいか、意外と詳しい」


「ちなみに誰に片思いしているの?」


「それは教えられない」


「なんで。教えてくれてもいいのに」


 うーむ。意外と興味津々だな。

 深堀りされるとボロが出そうなので、曖昧にしておきたいのだが。


「そんなに知りたいのか?」


「うん。私が才賀と付き合えたあかつきには、手伝ってあげるけど?」


「……じゃあ、実際に付き合えたら教えよう。それでいいか?」


「えー。なんか不公平でずるい」


 恋話に夢中な年齢でもあるのか。

 不満そうにムスッとしているが、こればっかりは伏せておいた方がいいだろう。


(最上さんとの関係性を疑われたら、信頼関係が構築できなくなりそうで怖いな)


 彼女が最大限にライバル視している最上さんと仲が良い――そう思われたら終わりだ。

 あるいは、それを正直に伝えることによって、お互いの利害関係が明確になるメリットがあるかもしれない。

 俺が最上さんを狙っているから、氷室さんに真田の恋人になってほしい。それを彼女が知ることによって、安心してくれる可能性がある。


 だが、俺が最上さん側の陣営だと思われたら一気にこの契約関係は破綻するのだ。

 ここは伏せておいた方が、リスクが低い。


「とにかく、明日からよろしくな。ここで同じ時間帯に待っていてくれ」


「……私は何をすればいいわけ?」


「明日になったら教えてやる」


 と、言ったものの。

 しかし、何も思い付いていないだけだったりする。


 氷室さんに足りないものは何だろうか。

 最上さんと違って、彼女はすでに完成されている。ここからさらに魅力を上げるために、何が必要なのか。


 そのことを、これからじっくりと考えようと思っていた。

 ただ、それが頼りなく映ったのかもしれない。


 氷室さんは、あまり芳しい表情を浮かべていなかった。


「本当に、私の力になってくれるんだよね……?」


「疑うのなら、明日は来なければいいだけだ。別に俺は、無理に信じてほしいわけじゃない」


 決めるのは君だ。

 俺はあくまで、手助けするだけの存在にすぎない。


 でも、もし信じてくれるのなら。


「必ず力になる。それだけは、約束する」


 少なくとも、今のような打つ手なしの八方塞がりにはならないよう阻止する。

 それくらいの知恵と行動力はあるつもりだった。


 何せ俺は、かつてモブヒロインを覚醒させた名脇役なのだから――。

お読みくださりありがとうございます!

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これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m


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