第七十三話 俺はヒロインを覚醒させることに定評のある男だ
彼女は困惑していた。
突然現れたサングラス姿の男子高校生――つまり俺が、変なことを言っているのだ。それも無理はない。
しかし、そんなこと関係なかった。
「え。な、なに……?」
「氷室日向。もう一度問おう」
嬉しかった。
だって、彼女の目にはまだ炎が宿っている。
諦めてもいない。
死んでなんていない。
媚びてもいない。
彼女の深紅の瞳には、闘志の炎が宿っていた。
だから、こう思った。
応援したい、と。
「――力がほしいか?」
彼女を見て、自分のやるべき道筋が鮮明になった。
氷室さんであれば、俺の目的を達成できる。
「真田才賀の『メインヒロイン』になる力が、ほしいか?」
そう言って、俺は……手を差し伸べた。
うーん。我ながら、言動が不審者過ぎる。
こんなこと、いきなり言われても普通は警戒するだけだ。
赤の他人が変なことを言ってきた。不気味だった。そう思って、その場を逃げることが普通だ。
だが、彼女はさすがだ。
正ヒロインは、やはり違う。
「……ほしい」
疑いはしない。
詳細を聞くこともない。
俺を不気味にすら思わない。
まっすぐ、真田の恋人になるために、彼女は愚直だ。
そのためなら、たとえ不審者であろうと関係ない。仮に俺が悪魔だったとしても、彼女は契約していたかもしれない。
それくらいの強い覚悟で、俺の手をグッとつかんでいた。
「私は、さっくんの『メインヒロイン』になりたい……!」
力強い握手だった。
その手の力を確認して、俺は笑った。
「君ならなれる。間違いない」
それはかつて、最上さんに手を差し伸べた時と同じシーンで。
しかしなぜか、敵となる予定だった正ヒロインと、こうして握手を交わすなんて。
この物語はいったいどこに向かっているのだろうか。
それは分からない。
でも、この手段こそが、最上さんを守るための最善手となるはず。
だから俺は、氷室さんを再び正ヒロインへと返り咲かせることを決意したのである。
――夕暮れの河川敷で、銀髪の美少女と並んで土手に座る。
まるで青春ラブコメのワンシーンだが、実は俺たちは恋人ではない。それどころか友達でもない。出会ったばかりで、しかも関係性は『悪魔とその契約者』程度である。
俺は彼女のことをよく知っている。
でも、氷室さんは俺のことを誰かまったく把握していない。だからなのか、隣とは言っても一メートルほど距離が開いていた。
先ほど、手を握ってくれたとはいえ……まだ警戒はしているのだろう。
「あなたは誰なの」
「俺は――ふむ、そうだな」
反射的に名乗ろうとしたが、ふと考えなおして口を閉ざした。
今、俺はサングラスをかけて髪型をオールバックにしている。変装しているのに、本名を名乗っては意味がない。
「うちの学校、っていうのは分かるんだけどね」
制服なのでそこは当然だ。
……よし。俺のことはやはり分かっていないらしい。
変装せずともたぶん把握されてはいないだろうが、警戒していて損はないだろう。
「俺の名は『サトキン』だ」
と、いうことで。
パッと思い浮かんだ偽名を口にしておいた。
サングラス、というイメージで思い浮かんだ名前が日本で一番有名な動画投稿者だったので、そこから拝借したのである。あとはタモさんとか、んん~まかーうとか思い浮かんだが、前者は古くて後者は視聴者が過激なのでやめておいた。
「ふざけてるの?」
「まぁ、俺の名前なんてどうでもいいだろ。何せ、君にとって俺はただ力を授ける者……それ以上でもそれ以下でもない。違うか?」
「…………そうね」
氷室さんも、完全に俺を信頼しているわけではない。
だが、現状だと本当に打つ手がないのだろう。藁にも縋る気持ちなのかもしれない。
「サトキンは、本当に私の力になってくれるわけ?」
「任せろ。俺はヒロインを覚醒させることに定評のある男だ」
「どんな定評よ。聞いたことないけど」
でも、実績があるのは事実なんだよなぁ。
何せ、モブヒロインにアドバイスしただけで覚醒した。まぁ、最上さんは本人の素質があったというのも大きいが、覚醒しすぎてラブコメが壊れるほどに強大な存在になったくらいだ。
「安心しろ。真田の一番の存在になれるように、最大限の力を貸す」
「なんで? なんでそんなことしてくれるの?」
「それは、俺のためだ。俺の目的を達成するために、君を利用させてもらう」
これは善意ではない。
あくまで、氷室さんとの関係は利害関係である――。
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