第六十九話 お金で買収できない人もいる
尾瀬うさぎはプライドこそ高いが、上品でお淑やかなキャラクターだ。
プライドが高く、高圧的な態度こそあるが、それは彼女が持つ高貴さの裏返しでもある。
決して他者に媚びず、乞わず、胸を張って堂々と闊歩するその様は、まさに高位の振る舞いだった。
そして、意外と彼女は他者に厳しくない。庶民を明らかに見下しているが、だからといって傷つけるようなことはしない。今だって俺たちを送迎してくれているし、行動だけ見ると案外優しい。
彼女は曰く、
『持つ者が持たざる者に施すことが当り前ですわ』
とのことらしい。
まさに、貴族の矜持。ノブリスオブリージュというやつだ。
性格こそきついが、その行動には信念がある。だから、ファンの間でも一定の人気はあった。俺はあまり好きじゃなかったが、彼女の魅力というものは理解できると言わざるを得ないだろう。
だからこそ、今の姿は――見たくなかった。
「風子さん。どうか、どうか! 才賀さんから手を引いて……わたくしに、譲って!!」
袖の下、なんて生半可に表現できない。
現ナマだ。札束がドン!と最上さんの手のひらに鎮座している。
最上さんはいい子だから、相手から差し出されて反射的に受け取ってしまったのだろう。
だが、それがお金で、しかも分厚い束であることに遅れて気付いた最上さんは……一気に目を見開いて首を横に振りまくった。
「ぎゃー! お、おおおおお金……お金だ!?」
「百万ありますわ。まだ上乗せできますの」
「ひぃいいいいいいい!! さ、佐藤君、どうぞ!!」
「なんで俺なんだ」
百万円をたらいまわしにしないでほしい。
なぜか最上さんが俺に渡してきた。百万なんて生々しいから見たくも触りたくもないんだが。
「は、はした金ということですの? 百万程度では、才賀さんを譲るわけがない――そういうことですのね!?」
そして尾瀬さんは更に勘違いしていた。
まずい。この子もあれだ……根倉さんと同じような状態に陥っているみたいだ。
(最上さんという脅威に心が折れてる……ま、まさか買収しようとするとは、思わなかった)
俺でさえドン引きしている。
正直、尾瀬さんは一番期待していたキャラだった。
プライドの高い彼女なら、最上さんに対して対抗心を剥きだしにしていてもおかしくない。
そう思っていたのに……現実は、これだ。
「二百積みますわ! これで、納得できませんこと?」
「にひゃく!? にひゃくって、いくつ……?」
「これくらいですわ」
「おい。現物を出すな」
「こ、こわいよぉ……」
最上さんは動揺のあまり数字が分からなくなっていた。
というか、俺が言うのもなんだがこの子に金銭欲ってないのか?
大金をあげると言われても、さっきから恐怖一辺倒でまったく心が揺らいでいるそぶりがない。
むしろ怯えて、震えていた。
庇護欲をくすぐられる。さすが最上さんだ。かわいい。
「こ、これでもダメですの? くっ、お金で動かないなんて、なんて素晴らしい人間……!」
尾瀬さんも、金では解決できないと悟ったのか。
悔しそうな表情を浮かべて、拳をギュッと握っていた。
「せめて、お金で揺らぐような浅ましい人間であってほしかったですわ。見た目も、性格も良くて、更にお金で揺らがない人格まであるなんて……風子さんの欠点はどこですの?」
絶望的な表情である。
なるほど。最上さんが金で揺らぐ人間であれば、あるいは尾瀬さんも勝機を失わなかったのかもしれない。
そういう欲望を制御できない未熟な人格であれば、まだ彼女も戦いようがあったのだろう。
だが、最上さんの価値基準はそこにないらしい。
やはり、この子は利他主義の人間だ。己の利益にとことん興味がない。
むしろ、他人の喜びを自分の喜びと心から思えるような、そういう性格なのだろう。
こうなってはもう、尾瀬さんに勝ち目はなかった。
だから、彼女が最終的に取った手段は――あ、やめて。
「風子さん! なんでも言うことを聞きますわ……だから、わたくしから才賀さんを奪わないでっ」
土下座。
彼女は、シートの上で綺麗な土下座をしていた。
庶民の俺が見ている前で、恥も外聞もなく、深々と頭を下げる彼女を見て、俺は泣きそうになった。
(君のプライドはどこにいった……!?)
哀れすぎる。
メインヒロインが、見ていられなかった――。
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