第六十八話 おぜうさま!?
少し迷ったが、結局乗った。
彼女のことも気になっていたので、いい機会だと思ったのだ。
「「「…………」」」
しかし、空気が重い。
あっちから誘ってきたくせに、尾瀬さんは何も言わない。ムスッとした表情で、俺と最上さんを睨みつけているだけだ。
最上さんも、居心地が悪そうに挙動不審になっている。
一方、俺は腕を組んで彼女を眺めていた。
久しぶりに見た気がしたので、改めて彼女を観察していたのである。
(素晴らしい縦ロールだな)
金髪の縦ロールがみょんみょんと動いている。
今時、資産家の娘でも見かけないような豪勢な髪形は、まさしく生きている有形文化財だ。
尾瀬うさぎ。
大財閥尾瀬家のご令嬢にして、一人娘。つまりは尾瀬家の跡取りなので、将来は安泰。
幼いころから英才教育を施されており、成績は優秀。習い事の一つとして武道も習っていて、そちらでは達人級の実力があるとかないとか。
そのステータスだけでも素晴らしいのだが、何より特筆するべきはその外見だろう。
縦ロールこそ特質だが、血筋のせいか西洋人形のような美麗な外見は、見る者の心を奪う。
見た目だけで言えば、メインヒロインの中でも随一と言われていた完璧なキャラデザイン。
しかし、そのステータスの高さ故か、あるいはお嬢様キャラの宿命なのか、高飛車な性格がやや不評でもあったことを、彼女を見て思い出した。
「……庶民。何をジロジロと見ていますの?」
「え。ごめん」
「ふん。どうせ夜のおかずにするのですわ」
「しねーよ」
ちなみに俺は、あまり好きじゃない。
だって今みたいに、庶民に厳しい。俺は生粋の庶民なので、もっと優しくしてほしかった。
てか、おかずってなんだよ。どれだけ自分に自信があるんだ。
その傲慢なまでの自信を、最上さんにも分けてほしいものだ。
「おかず? おかず……??」
そして、会話の内容が何も分かっていない最上さんはかわいすぎる。
そのままの純粋な君でいてくれ。今の会話は分からなくていい。
「それで、俺たちに何か用事でもあるのか?」
俺としては、尾瀬さんの方から声をかけたのだから、そちらから話題を提供するのが筋だと思うが。
しかし、彼女はそういうのが下手くそに見えたので、俺から誘導してあげることにした。まぁ、相手は子供である。ここは精神的には大人な俺が心のゆとりを持った方がいいだろう。
「庶民に用事はなくってよ」
「…………そうか」
どうしよう。湾内さんよりムカつくかもしれない。
いや、落ち着け。彼女はお嬢様だ。俺とは住む世界の違う存在。だから気にせず、あくまで場の進行役に徹しよう。俺はMC。心を殺して、状況をまとめる。それが俺の役目、と言い聞かせて心を無にした。
「じゃあ、最上さんに用事があるってことだな?」
「もちろんですわ。庶民の小さな脳みそでも理解できますのね」
「うん。そういうわけだから、最上さん。話を聞いてあげて」
「え。こ、こここ怖いよっ。佐藤君、わたしも庶民だよ……!?」
最上さんがすっかり怯えている。
高圧的な尾瀬さんとはまさに水と油。小動物系ヒロインの最上さんには荷が重そうだ。
(さすがに、変な威圧とかしてこないよな……?)
尾瀬さんが最上さんをこうして招いたのは、圧をかけるためか?
なぜなら、彼女は真田に片思いをするメインヒロインの一人。急に現れて真田が夢中になった最上さんに不快感を示してもおかしくない。
ただでさえ、プライドの高いお嬢様なのだ。
もし、最上さんを怖がらせようとしているのなら……俺が体を張ってでも、止めよう。
そう思って、身構えていると。
「風子さん。一つ、言いたいことがありますの」
「にゃ、にゃんですかっ」
「――これを、どうぞ受け取ってくださいまし」
そう言って、尾瀬さんは懐から何かを取り出して、最上さんに差し出した。
もしかして、決闘状か!?
貴族っぽい習慣、というワードから連想してそんな疑念を浮かべたのだが。
差し出した物は、それ以上にありえない物だった。
「……お金?」
そう。尾瀬さんが差し出したのは、札束。
しかも分厚い。百万は余裕で超えている。それを見て俺は、心からドン引きしていた。
ま、まさか。
嘘だよな、お嬢様。
こんな真似、プライドの高い君がやるわけないよな……!?
そう、願ったのだが。
しかし、俺の予想は悪い意味で裏切られた。
「風子さん。どうか――わたくしに、才賀さんを譲って!!」
こいつ、やりやがった!
彼女は、お金で最上さんを買収しようとしていた――。
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