第六話 『モブヒロイン』とは、言わせない
真田に無視された後。
呆然とするモブ子ちゃんを連れて、ひとまず図書室に来ていた。
彼女の安寧の場所と言えば、ここだろう。
スマホが普及して本離れが加速したせいか、図書室の利用者はほとんどいない。だからなのか教員も奥の部屋にいるので、少し話すくらいは誰も気にしないだろう。
まぁ、彼女は話せる状態にないのだが。
(……俺が焚きつけたから、こうなってしまったんだよな)
もちろん、責任を感じている。
彼女に悪いことをしてしまった、という罪悪感もある。
そそのかさなければ、きっとモブ子ちゃんはいつも通り平穏な日常を送れた。
しかし、俺が口車に乗せて、その気にさせた結果……深く、傷つけることになったのだ。
(謝って慰める……で、いいとは思えない)
そんな安易な方法が許される状況ではないと感じている。
いや、あるいはそれでも良いのかもしれない。俺のことだけを考えるなら、モブ子ちゃんから嫌われないように甘い言葉をかけてあげて、傷を癒やす方がいいだろう。
あれだ。振られた女性に優しくする男子と同じ心理だ。
しかし……俺は別に、モブ子ちゃんに愛されたいわけじゃない。
むしろ、彼女には嫌われてもいいから、幸せになってほしいと願っている。
そのために、何を言ってあげればいいのかと、言葉を探している最中だった。
「……あはは。がんばったけど、うまくいかなかったね」
あまりにも、俺が無言だったせいだろう。
モブ子ちゃんが乾いた笑い声を発した。こんな状態にもかかわらず、俺に気を遣っているようだ。
この子は本当に、優しい。
ついつい、慰めて全肯定したくなるほどに、素敵な女の子だ。
でも、だからこそ……俺は、彼女に報われてほしい。
そのためには――やっぱり、俺も覚悟を決めなければいけないだろう。
「いや。うまくいかなかったわけじゃない」
「ううん。だって、無視されたんだよ? わたしの声、ちゃんと聞こえていたはずなのに……気にも留めずに流されて、スルーされちゃった」
「まぁ、最上さんはそう思うかもしれないな。でも、俺はそう思わない」
あえて、否定する。
なぜなら、俺は今回の件を失敗だったとは思わない。
だって、この結末は……予想外ではあっても、意外性があるものではないから。
「君はまだ、真田が足を止められるほどの存在じゃない」
「――っ」
俺の言葉に、モブ子ちゃんは一瞬息を止めた。
目元こそ見えないが……口元だけでも、分かる。
きっと、今の一言で彼女は更に傷ついたのだろう。
でも、ここで態度を軟化させてはいけない。
彼女が、真田と向き合う覚悟を決めたように。
俺も……彼女に嫌われる覚悟を、決めたのだから。
「だから、評価するべきは真田の反応じゃない。君の行動だ」
「わたしの、行動?」
「いつもは見ているだけだった。でも、今日は声をかけた。大きな進歩だと、俺は思っているよ」
これは紛れもない変化。
モブヒロインのままなら、声すらかけることはできなかっただろう。
つまり、彼女は殻を破ろうとしている。
その決意の炎を、絶やさないよう……冷や水を浴びせるのではなく、更に焚きつける。
そうやって、彼女の『モブ』としての運命を捻じ曲げる。
それが、俺がこの世界に転生した意味だと思ったのだ。
「まぁ、とは言っても真田には相手にされなかった。ひとまず、それが現状だ。最上さんは、お礼を言えるような状態ですらないともいえる」
「……うん。わたしなんて、その程度だと思う」
「その言葉を聞いたうえで、改めて俺はこう思った――まだ、足りない」
一歩踏み出したことには、大きな意味があった。
だが、その一歩はまだ、あまりにも小さい。
結果が出るほどの距離はまだ進んでいない。
だったら、更に前に進むしかないだろう。
「少なくとも『わたしなんて』って自己否定していたら、いつまでも君は……真田を見ているだけの、傍観者のままだ」
「で、でもっ。わたしは、みんなと違って魅力がなくて……」
「人の魅力なんて、主観で決められない。他者評価でしかないのに、最上さんは自分で自分をダメだと思っている。だけど、もし君がもっと自分を信じていたら……真田が断ることができないくらい、強く声をかけることだってできたと思うよ」
モブ子ちゃんに魅力がない?
それはあり得ないと、断じよう。
君の魅力は、誰よりも俺がよく知っている。
だが、彼女はいつも自信がない。奥ゆかしくて、いつも自ら手を引いてしまう。
その自己否定が、彼女の立ち位置を低くしている。
遠慮してしまうところは、悪いところじゃない。でも、そのせいでチャンスを逃すこともだってある。
だからこそ、俺は彼女を更に焚きつけなければならない。
「一生、このままでいいのか?」
「……っ」
「最上さんは『モブヒロイン』のまま、終わってもいいのか?」
嫌われてもいい。
でも、変わってほしい。
モブの運命を、脱してほしい。
そんな俺の願いは……彼女に、届いたようだ。
「――モブヒロインって、言わないで」
彼女はハッキリと意思を示す。
その言葉を、待っていた。
「変わりたい……自分を、変えたい。佐藤君、わたしは、変われるかな。モブみたいな人生を、変えられるのかな」
「もちろん。君が、そう望むなら」
「でも、わたし一人だと、自信がなくて」
「任せろ。ここで見放すほど、俺は薄情じゃないぞ」
むしろ、手伝わせてほしい。
君が変わる手伝いをすることが、俺がこの世界にいる意味だと思うから。
(……『モブ子ちゃん』って呼ぶのは、もう終わりだな)
ずっと、心の中でそう呼んでいた。
だが、これからはもうやめよう。
だって、彼女はもう『モブヒロイン』でいることを、許容しないのだから――。
【あとがき】
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