第六十六話 負けヒロインを超えた『死にヒロイン』
悪い予感はしていたが。
やっぱり、メインヒロインたちはもう……ダメかもしれない。
「風子ちゃん。後は任せた。才賀ちゃんを、よろしくね」
最上さんを敵対視している様子は一切ない。
むしろ根倉さんは、最上さんを高く評価して敬意を抱いているように見える。
というか、もう戦う気力すらないのだろう。彼女はすっかり、真田のことも諦めているように見えた。
「え? な、なんて言ったの? 声が小さくて聞こえなくて……」
「ぷぷっ。声の小さい風子にそう言われるってよっぽどよ? おい陰キャ、悔しくないわけ? 上位互換にそんなこと言われっぱなしでいいの?」
「……もういい。私はもう終わりなので」
「じょ、上位互換って、失礼だよっ。湾内さん、そんなこと言ったらダメ」
「優しい……風子ちゃん、ありがとう。その一言で、わたしはもう十分幸せだったのかもしれない。ありがとう……ありがとう」
そう言って、根倉さんはパタンと机に伏せた。
その一言を最後に全てのエネルギーが切れたみたいだ。
「え。しんだ!? 佐藤君、どうしよう! 根倉さんが死んじゃった!!」
「いや。死んでないから安心してくれ」
どうしよう。最上さんのリアクションがいちいち新鮮でかわいい。
性格が冷めている俺とか、冷笑系の湾内さんにはない純粋なリアクションは、見ていて微笑ましかった。
「はぁ。佐藤、残念ながらこれなのよ。この陰キャ、風子が夏休みデビューしてから露骨にやる気がないのよね」
「夏休みデビュー……じ、事実だけど、なんか恥ずかしい」
「まぁ、デビューしたことは事実だ」
そこは受け入れよう。
そして最上さん。君は少し、かわいくなりすぎたみたいだ。
(湾内さんみたいに、最上さんを利用しようとするのはまだマシなのか……? もしかしたら、根倉さんが一番致命的なのか)
なんだかんだ、湾内さんはまだ愛されることを諦めていない。
二番目、という歪な形ではあるが、それでも真田に愛されようと必死だ。
しかし、根倉さんはもう戦意というか、生気がなかった。
もともとダウナーな卑屈系だったが……最上さんとキャラクターが被っていることもあって、勝機が完全にないことを察したのかもしれない。
「風子ちゃん。あなたにお願いがある」
「あ。生き返った……!」
「たまに、才賀との思い出話を聞かせて? どこにデートに行って、どんなキスをして、どんなロマンチックな日々を過ごしたか、教えてね。私はそれを養分にして生き延びて、朽ち果てていくから」
「朽ちるために生きるな」
あまりの言いぐさに思わず口を挟んでしまった。
今の根倉さんは、死ぬために生きている状態らしい。生命の論理に矛盾しているぞ。
「べ、別にわたしは、真田君とはそんな関係じゃないけど……」
「そう。じゃあ、これからそういう関係になるから、その時でいい」
「そんなこと、決まってないというか……わたしは、そんな気はないというかっ」
「ふひひ。もしかして、私に気を遣ってるの? 風子ちゃんは優しいね……ありがとう。あなたに負けるのなら、それで良かったのかもしれない」
うーん。これはあれだ。
もうダメだ。取り返しがつかない。
(存在意義を失ったヒロインは、こうなってしまうのか……)
負けたヒロインというか、死んだヒロインだった。
この状態の彼女に期待することは無駄だろう。
「佐藤。この子、なんとかできない? あたしにとってはまだ利用価値があるから、もう少しやる気を出してほしいんだけど」
「利用価値って……」
「この子も巻き込まないと、戦力差が……はぁ。しっかりしなさいよ、陰キャめ」
なるほど。彼女が俺を根倉さんと繋げた理由は、なんとかしてほしかったからのようだ。
俺と同タイプ、というか黒幕属性のある湾内さんでも手の施しようがなかったのだろう。
そしてそれは、俺も同じだ。
「根倉さん。安らかな眠りを……おやすみ」
「うん。おやすみ。暖かくなったら起こして」
「下校時間になったら警備員が起こしてくれる。それまで、休んでいてくれ」
手を合わせて、そっと首を横に振った。
ご愁傷様だ。朽ち果てたヒロインに献花を添えるように手を合わせる。
「湾内さん、ごめん」
「……そう。やっぱり、あんたでもダメなのね」
「これは厳しい」
「じゃあ、仕方ないわね」
そう言って、湾内さんも俺を真似するように手を合わせた。
さよなら、根倉さん。初登場ながらに彼女は死んだ。
もちろん、比喩表現である。
実際に死んだわけではないが、ヒロインとしての機能はもう果たせない、という意味では同義だった。
「え? な、何の話? もう帰るってこと?」
そして、一人のヒロインを葬った無自覚な覚醒モブヒロインは、最後まで状況を理解していなかった。
『わたし、何かやっちゃった?』
そんな顔でキョトンとしている。
……最上さん。君はどうやら、強くなりすぎてしまったらしい――。
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