第六十五話 覚醒モブヒロインの下位互換
俺としては、メインヒロインたちには奮起してほしい。
というか、湾内さんが例外なだけであって、他のヒロインたちは違うと思いたかった。
新たな強敵の最上さんが現れても関係ない。
むしろ、負けないようにもっと頑張ろう――そうやって考えていてほしいものだが。
「ふひひ。もうダメだ。終わりだぁ……」
放課後。
最上さんや真田の所属するA組で、なぜか俺は女子生徒がうなだれる姿を眺めていた。
「げ、元気出してっ」
「……優しい。女神様?」
「えっ。違うよ、わたしは同級生の最上風子って名前で……」
「名前が分からないわけじゃない。あなたを、女神みたいに美しい存在だと認めている」
「え。そ、そんなことないけど……佐藤君、今の聞いた? わたし、女神様だって!」
褒められてこんなに素直に喜ぶ子も珍しいな。
あと、昼休みのことでぎこちなくなっていることを危惧していたが、そこは大丈夫そうで良かった。
最上さんの反応はむしろ、昼休みの出来事なんてなかったかのように普通に話しかけている。とりあえず、俺を避けるようなことにはならなくて良かった。
まぁ、告白はいきなりすぎたのだろう。
あの件については少し時間をおいてから、タイミングを見てまた話し合うことにして。
とりあえず今は、目の前で卑屈そうに笑っているこの子の説明だ。
「さとr……こほんっ。佐藤、この陰キャとは初めて? あたしが紹介してあげよっか?」
なぜD組所属の俺が、A組の教室にいるのか。
その理由は、そこの小娘――湾内さんが強引に連れ込んだからである。
二人きりの時は呼び捨てにされていたが、最上さんの前では猫をかぶっているのか。
俺のことを名字で呼ぶことで、最上さんに警戒心を抱かせないようにしていた。小賢しい小娘である。
まぁ、今はいがみ合っても仕方ない。
偶然だが、彼女との縁ができたのも俺にとっては非常に都合が良かったのである。
なぜなら、彼女は――メインヒロインの一人だからだ。
「ふひひ。美鈴ちゃん、陰キャって言わないで……」
「だって陰キャじゃん」
「そんなにハッキリ言うのは酷い……」
本当に、酷い言いぐさである。
しかし、湾内さんの言葉も決して的外れではないんだよなぁ。
「根倉伊ノ。ねくらいの、って名前がもう陰キャよね~」
「……美鈴ちゃんは意地悪ね。どうかこの子が不幸になりますように」
「おい。人の不幸を勝手に祈らないでくれる?」
「うぎゃっ。やめて、ほっぺたを引っ張らないで……ぼーりょくはんたーい」
言葉にも力はない。
行動にも力がない。
常にテンションが低いダウナー系の少女。それが、根倉伊ノさんだ。
日本人形のように長い黒髪が特徴的で、和風の美女である。
そのくせ、スタイルは出るところが出ているというギャップもあって、そこは魅力的だ。
性格が暗くて、常に猫背で目の下にくまがあるものの、それもまた彼女のキャラクターだと思えば悪くない。
ちなみに俺は、この子が嫌いじゃない。むしろ結構、タイプだった。
まぁ、転生前の話である。
今は特別に興味があるわけでもないのだが。
しかし、こうやって接点ができたことはありがたい。
(どんな状態か、気になっていたところだからな)
そのためにA組まできたのだ。ちなみに、真田は今日は速攻で帰宅したらしい。なんでも、あいつの妹が早く学校が終わるみたいだ。真田はシスコンなのである。一刻も早く会いたかったのかもしれない。
一応、俺がここに来た名目としては『最上さんと一緒に帰宅するため』なので、それを言うと彼女が喜んでかわいかったのはさておき。
俺がA組にきたタイミングでちょうど湾内さんに見つかって、彼女がなぜか根倉さんを紹介すると言い出して、現在に至るわけだ。
「ほら。陰キャは挨拶もできないわけ? こっちの男の子に自己紹介しなさいよ」
「……だれ」
「初めまして。佐藤悟だ」
「ふーん。根倉よ。よろしくしないで。寝かせて……」
根倉さんは俺に興味がなさそうである。よろしくしないで、という挨拶を初めて聞いた。
……いや。あるいは俺とかかわる体力もないだけか。
俺も仲良くなりたいとかは思っていないので、彼女の意思通りそっとしてあげたいところだが。
しかし、なぜか湾内さんが俺と彼女を繋ごうとするせいで、会話が途切れることはなかった。
「ちなみに、風子の下位互換よ」
おい。それを言うな。
ずっと思っていたが、あえてぼかして彼女を説明していたのに。
湾内さんがハッキリ言うせいで、それを補足せずにはいられなくなったじゃないか。
「……ふひひ。風子ちゃんの劣化版でーす」
そして根倉さんも自嘲していた。
まるで、夏休み前の最上さんみたいに卑屈な笑みを浮かべている。それを見てちょっとだけ涙が出そうになった。
そうなのである。
黒髪。巨乳。性格が控えめ……しかし、今の最上さんほど突出していない、というのが根倉さんだと言わざるを得ない。
つまり彼女は、下位互換。
どう足掻いても、最上さんの劣化版だった――。
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