第六十四話 脇役に対する神の忠告
最上さんは混乱している。
俺の『好き』という言葉を脳で処理できないらしく、目が泳ぎまくっていた。
明らかにおかしい。
普段の最上さんではない。
「まさか、わたしの大好きな人に突然告白されるなんて、そんな少女漫画みたいなことが起きるわけないよっ。わたしなんかが釣り合うような魅力の人じゃないし、わたし程度では到底及ばないような、神様みたいな男の子が、そんな……恐れ多いよっ」
最上さんはブツブツと何やら呟いている。
おかしいな。彼女は俺を大好きと言っている。それなら、両想いなはずなのに。
「う」
「う?」
「う、うにゃー!!!」
そして最上さんは、壊れた。
急に叫んで、それから俺に弁当を押し付けてから屋上から逃げて行ったのである。
……あれ?
俺、もしかして振られた?
「マジか」
失敗することを考慮していなかった。
俺はもしかして、驕っていたのだろうか。
(……俺なんかが告白しても無理だったか――と自己否定するような状況でもないのが厄介だな)
俺に問題があるなら、そっちの方がマシだった。
仮に、最上さんが俺をそこまで好きじゃない、ということであれば諦めもつく。
あるいは、もっと好きになってもらえるように努力するとか、そういう選択だって可能だ。
しかし、今回の告白で分かったのは……彼女が、俺のことを『好きすぎる』ということなのだ。
「憧れは理解から最も遠い感情――か」
大好きな大人気漫画の大悪役キャラクターのセリフをそのまま引用する。
それだけで世代がバレそうだが、そんなことどうでもいい。彼の言っていた言葉が正しいことを、改めて痛感した。
(やはり、健全な関係性を構築できていなかったな……)
俺と最上さんは『普通の男子高校生と女子高生』という関係ではなかった。
彼女は俺に対して、過剰な信仰心を抱いてしまっている。
もちろん、俺は普通の人間だ。
転生前ですら、石を投げれば当たるようなどこにでもいる平凡なサラリーマンだった。
ただ、最上さんにとっては違ったのかもしれない。
彼女にとって俺は、突如として現れた救世主――神のように見えているのだろうか。
(ある日、自分に自信が持てなくて鬱屈とした人生を送っていたら、いきなり話しかけてきた人間が色々と言ってきて、その指示に従っただけで人生が一変した。だから俺を、過剰評価してしまっている)
何度でも言うが、俺はただアドバイスしただけだ。
彼女の素質が開花するように、水と養分を与えただけにすぎない。
その花の美しさは、もともと持っている性質だ。彼女の魅力は、彼女が内包していたものでしかなく、俺の手による加工は施されていない。
しかし、本人はそう思っていないのだろう。
だから、過剰な信仰心を抱いてしまっている。
そのせいで、恋愛関係になることを『恐れ多い』と表現していたのだろうか。
「……とりあえず、食うか」
なんかもう、色々と考えすぎてお腹が減った。
その場に座り込んで、弁当箱を開ける。そして見えたのは、のりで作られたハートだった。
……今時の愛妻弁当でも、こんな露骨なのはないと思うが。
(愛だけは感じるな)
ため息をついて、唐揚げを一口。
うん、美味しい。弁当の定番メニューとなりつつあるが、この味は飽きない。
相変わらず、手が込んでいる。
俺への好意がひしひしと伝わる、お手製のお弁当だ。
(うーん。彼女があの様子なら、付き合って守るという方法は不可能か)
あるいは、その手段は許されていないということか。
『まだ付き合うのは早い』
この漫画の作者――ねこねこ先生は、そう思っているのかもしれない。
だから最上さんにあんなリアクションを取らせた、のだとしたら。
これは一つ、神からの忠告を受けたということになる。
(メタ的な解決策ではなく、登場人物として正々堂々やれということだな)
あくまで、俺は脇役でしかない。
俺が主導で物語を動かすことはできない。
つまり、メインキャラクターたちに干渉することでしか、物語を動かせない。
そういう間接的な手段しか取れないのだろう。
それなら、地道にやっていくしかないか。
(他のメインヒロインの様子を、確認しないといけない)
今までは、あまり見ないようにしていたが。
しかし、そうも言ってられなくなったようだ――。
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