第六十二話 彼が転生した意味
――絶句した。
湾内さんと真田のやり取りに、言葉を失った。
「ねぇ、才賀? あたし、ちゃんと電話に出て偉いよねっ? いっぱい褒めてほしいなぁ」
「電話に出たくらいでか? 仕方ないな、ほら」
「……にひひ♪ あたし、なでなでされるの大好きっ」
甘える湾内さんも。
指示されたからと言って、頭や首元を撫でる真田も。
それを見て、かわいらしい関係性だなと思えたのは、漫画だったからかもしれない。
明らかに不自然なのだ。
たかが電話に出たくらいで、こんなに甘えるのはおかしい。
しかも、二人は恋愛関係ですらない。それなのに、こんなにも距離感が近いことに異常性を感じる。
健全じゃない。
そして、真田……お前は最上さんを意識していたはずだよな?
なぜ、彼女の前で他の女の子とイチャついているのだろうか。
そういう軽薄な態度で、愛されると思っているのなら――本当に、主人公らしいなと思う。
自分が愛されるのは当然で、ヒロインを甘やかすのは義務で、他の女の子たちもそれを許容するべきだと、そう無意識に考えているように見えた。
(なるほど。完全な主従関係か……対等でない以上、たしかに湾内さんが一番に成れる可能性は限りなく低い)
そもそも、同じレベルに存在しない。
最上さんでなく、他のヒロインと比較しても、やはり湾内さんは小者だ。
だというのに、こんなにも厄介なのである。これから、湾内さん以外の他のヒロインも関わってくるのだろうか……いや、それを考えると辟易とするので、今は気にしないでおこう。
まぁ、いい。
一旦、湾内さんや真田についての考察は中止だ。
とりあえず今は、俺がやるべきことがある。
それは――最上さんのケアだ。
「あ、あのっ」
彼女は俺のところに駆け寄って、慌てた様子で話しかけてくる。
その表情は、明らかに焦っていた。
「違うの」
「ん? 違うって、なにがだ?」
「真田君と一緒にいたのは、偶然でっ」
……やっぱり、気にしているよな。
真田と一緒に俺の前に現れたことに、最上さんは焦りを覚えている。
(俺に誤解されることを恐れているんだよな)
分かっている。
彼女は俺に好意を抱いている。
だから、真田との関係性を勘違いされたくないように見えた。
あるいはそれは、罪悪感に近い感情でもあったのかもしれない。
それを踏まえた上で俺が取るべき反応は、何か。
彼女に安心してもらうために、何を言うべきか。
そう考えたのは、刹那の間。
すぐに俺は、穏やかに笑いながら首を横に振った。
「別に気にしてないぞ。湾内さんから事情は聞いたからな……あの子に振り回されたんだろ? スマホも取られて連絡もできずに困っていたところを、真田に助けてもらったんだよな?」
この言葉が、最上さんの罪悪感を一番軽くするものだと俺は判断した。
実際、それは間違えていなかったのだろう。最上さんは俺が事情を理解していると察してから、いくらか安堵したかのように表情を緩めた。
「……うん。ただ、それだけで」
「とりあえず、合流できて良かったよ。実はあの小娘、俺に連絡してなかったんだ」
「ええ!? な、なんで……? わたしが試着している間に連絡してくれるって言ってたのに」
「めんどくさかったらしい。湾内さんはそういうタイプだから、これからは信頼しない方がいいぞ」
「――ちょっと。勝手にあたしの評判を下げないでくれない?」
……ちっ。
湾内さんが真田に甘えている隙に、最上さんにそれとなく警戒するように促したかったが、途中で邪魔が入った。
イチャつきながらも、聞き耳は立てていたのかもしれない。
「ごめんね」
「謝る必要はない。今回の件は、あの小娘が一番悪い」
「ううん。今日はもっと――佐藤君のことも、楽しませてあげたかったのに」
……俺の言葉は、最善だった。それは間違いない。
だが、どんな言葉を選んでも、最上さんの性格を考慮すると罪悪感をゼロにすることは不可能だったのだろう。
彼女は、俺に対してすごく申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね」
その謝罪の言葉は、やはり……真田との件も関係あるように思えてならない。
もしかしたら最上さんは、俺を裏切ったと感じているのかもしれない。
たとえ、真田と一緒にいたことが不可抗力だったとしても。
その事実が、彼女を蝕んでいるように見えた。
(……やってくれたな、あのメスガキ)
湾内さんは、最上さんに小さな傷を植えつけた。
そこを足掛かりとして、彼女はこれからも更に最上さんに迫って来るだろう。
そんな真似は、もうさせない。
(ようやく、分かった。俺がやるべきことは――このラブコメから、最上さんを守ることだ)
確信した。
自分がこの世界に転生した意味を。
なぜ、傍観者ではなく当事者になったのか。
それは、モブ子ちゃんを守るためだ――。
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