第六十一話 首輪の繋がれたメインヒロイン
ようやく、湾内さんは満足したらしい。
『あ、もしもし~? 才賀、どしたのー? まさかデートのお誘いとか――え、違う? 今どこにいるのかって?? なんでそんなこと知りたいの? まさかあたしのこと好きになっちゃったとか!?』
スマホを取り出して、真田に折り返しの電話をしていた。
『あ、はい。ふざけてごめんなさい。えっと、今はショッピングモールに……え? 風子と一緒なの!? 良かった~、はぐれちゃって心配してたんだよね~』
白々しい通話内容は聞いていて寒気がする。ただ、俺が変な動きをすると余計なことも言われそうだったので、あえて何もせずに大人しくしていた。
『何ではぐれたかって聞かれても……は、恥ずかしいから、聞かないでくれると嬉しい――はい。ちゃんと言います。急にお腹が痛くなって踏ん張って――あ、それ以上は言わなくていい? 良かった、乙女の威厳は守られたねっ』
守られてないがな。
嘘にしても酷いな。こいつの乙女の威厳はどういう概念なんだ。
『今は三階のフードコートでさとr……こほん。佐藤と一緒って伝えて。は? なんでそいつがいるのかって? さぁ、勝手についてきたから分かんない』
あと、俺の説明もちゃんとしてくれ。
真田にどう思われようといいのだが……顔を合わせた時にめんどくさくなるのは勘弁だ。
もう湾内さんのせいで色々と疲弊している。
その上、真田とも対峙することになったら、さすがにしんどかった。
『じゃあ、風子に待ってるって伝えてね。ばいばーい』
と、そこで通話は途切れた。
眼下では通話を終えた真田が最上さんに何やら伝えている。
「ねぇ、ここからどうなると思う? 風子は一人でこっちに来るかな?」
「……まぁ、真田と一緒に行動する意思はないだろうが」
ただ、彼女の本意でなくても、周囲の環境がそれを強制することはあるわけで。
実際、最上さんは真田に軽く頭を下げてから、一人で歩き出した。しかし数歩歩いて、チャラそうな男数人に話しかけられて、そこで再び真田が割って入った。
しばらく立ち止まっていたせいだろう。
いつの間にか、周囲には彼女を狙う男たちが集まっていたのかもしれない。
「やっぱり無理だね。ここ、ナンパスポットとしても結構有名なのよ」
「…………」
何から何まで、用意周到だな。
こうなっては、真田が最上さんに同伴していた方が一番安全ともいえる。
そうやってなし崩し的に、二人は一緒になった。
真田の善意という形で、最上さんに貸しを作るイベントになったわけだ。
「うんうん。我ながら、素晴らしい出会いになったと思うわ♪ 後でいっぱい、才賀に褒めてもらおーっと」
湾内さんはご満悦だ。
全てうまくいってご機嫌である。
俺の背中をバンバンと叩いて喜びを表現していた。ちょっと痛い。
「悟も、大人しくしていい子になったわね。後でご褒美をあげよっか? 何がいい? ちゅー? 一緒にお風呂でも入る? それとも、添い寝とか? さ、さすがに初めては、才賀にあげたいからそれは求められたら困るけど……まぁ、求めるくらいあたしのことが好きなら、考えてあげてもいいわよ?」
「要らん。報酬が重すぎる」
メス犬が。
頭の中がピンク色すぎる。
高校生ならもっと健全な関係性でいいだろ。
……と、言いたいところだが。
これ以上何か話しても、湾内さんに付け入る隙を与えるだけな気がしている。
だから大人しくしていたのだ。
もう、何もさせない。
そのためにも、何も反応しない方が彼女には効果的だと判断した。
「そっか。ま、気が向いたら言ってね~」
そして今は湾内さんも機嫌が良いおかげか、しつこい言及はない。
頭の中は真田に褒めてもらうことでいっぱいなのかもしれない。そわそわと浮足立っていて、エスカレーターでゆっくりと上がってくる二人をジッと待っていた。
まるで『待て』と指示された子犬のように。
そして、最上さんと真田が三階に到着するや否や。
「才賀っ! 会いたかった。ぎゅ~!」
湾内さんは真田に駆け寄って、その胸元に飛びついた。
胸元に顔を擦り付けて、親愛の感情を心から表現している。
そんな彼女を、真田は満更でもなさそうに受け入れていた。
「よしよし。美鈴は相変わらず甘えん坊だな」
「にひひっ。甘えるの大好きだもーん」
犬のような態度で、猫なで声を発する湾内さん。
その様は、まさしく愛玩動物そのものでしかない。
「お。今日もそのチョーカー、つけてるのか?」
「うん! これ、才賀がプレゼントしてくれたものだから、あたしの一番のお気に入りだよ♪」
そして、理解した。
あの似合っていないチョーカーが、真田のプレゼントだったということを。
(首輪、か)
ゾッとした。
犬みたいだな、と思っていた。
だが、違う。
まさしく、真田にとって湾内さんは、ペットなのかもしれない。
あんな、首輪みたいなチョーカーをプレゼントに普通選ぶか?
しかもそれを、嬉しそうに着用している湾内さんも、どうかと思う。
完全な主従関係が、二人の間で形成されている。
その不健全な関係性を、やっぱり俺は理解できなかった――。
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