第五十九話 好きな人のことは何でも知りたくなるでしょ?
乱暴な手段を選ぶことは容易だ。
この小さな少女に力負けすることなんて絶対にありえない。
だが、小さくてかよわいことを、彼女は大きな武器として利用している。
たとえば湾内さんが俺に殴られたと泣き叫べば、周囲はそれを疑わないだろう。
小さな女の子が乱暴をされているかもしれない。その疑いがあれば、周囲の人間は自然と動く。
たとえそれが冤罪であったとしても、だ。
「才賀はね、日曜日になったら必ずここにたこ焼きのお店に買いにくるの。彼ってほら、シスコンでしょ? かわいい妹がここのたこ焼きが大好きで、その喜んだ顔が見たくて毎週通っているのよね」
さすが、ストーカー気質の湾内さんだ。
あいつの行動パターンも全て把握している。
「よく知っているな」
「だって、好きな人のことは何でも知りたくなるもん」
「だから、ここの映画館に行きたいと言ったのか……」
急遽、目的地を変更した理由がようやく分かった。
真田と最上さんを遭遇させるために、彼女は綿密な計画を立てていたらしい。
「にひひ~。ま、ああやって二人が出会えるかどうかは、さすがのあたしでも分からなかったけどね。さすが才賀……女の子が困っているところには必ず駆けつけるヒーローだわ」
眼下では、真田が最上さんに話しかけたことによって、二人の遭遇イベントが始まっていた。
最上さんは警戒するように身構えているが、真田に悪意がないことが分かっているのか、その場から離れようとはしない。
一方、真田も申し訳なさそうな態度で下手に出ていて、心から最上さんを心配しているように見えた。
「今、二人はどんな会話をしているか教えてあげよっか?」
「……分かるのか?」
「当然でしょ? だって、あたしは才賀のことが大好きで、風子のことも気に入っているもん。好きな人のことなんて、手に取るように分かるわ」
そう言ってから、湾内さんは一人二役で会話を始めた。
『最上、こんなところでどうしたんだ?』
『え? 真田君……なんでここに?』
『ちょっと野暮用でな。それで最上を見かけて、なんか困ってそうだったから声をかけたんだよ』
『困っているわけじゃ、ないけど……えっと、湾内さんの連絡先とか知ってる?』
『美鈴の連絡先? もちろん知っているが、どうしたんだ?』
『実は、はぐれちゃって。できれば、どこにいるか代わりに連絡を――』
と、ここまで会話したところで、湾内さんのスマホが鳴った。
視界の先では、真田がスマホを耳に当てている光景が見えている。
最上さんと真田の真似は似ていなかったが……内容は当たっていたらしい。
今、湾内さんのスマホには通話が入っていた。だが、彼女はそれを無視して、俺との会話を続けている。
「ほら。別に大したことは起きないでしょ? あんたが心配する必要はないわよ」
「……ああやって、最上さんの善意に付け込ませるわけだ」
「あはっ。やっぱりバレてる~……他人の好意を受けると、好意を返してしまう。風子って、そういう性格でしょ? だから、この先はきっと才賀のことも悪く言えなくなりそうよね」
通話にはまだ出ない。
俺に二人を見せつけるように、あえて出ていないのだろう。
「あんなに純粋な子を、あたしは見たことがない。だから勝てないと悟ったし、この子は利用できることにも気付いた。そのために、あんたが邪魔すぎる」
……俺のことを舐めていると思っていた。
だが、違う。彼女は俺のことをしっかりと見定めて、分析して、評価している。
あるいは、舐めていたのは俺の方だったのかもしれない。
湾内さんのことを、お茶目なコメディキャラとしか見ていなかったことを、強く後悔した。
彼女はやっぱり、メインヒロインの一人だ。
「佐藤……ううん、悟にお願いよ。風子のこと、諦めてくれない? 才賀に譲ってあげてよ。あんたって大人っぽいし、子供に青春を譲ると思って、そうしてくれてもいいんじゃない?」
俺の名前も、把握している。
俺の性質も、理解している。
佐藤悟という人間を、彼女は――知っている。
「言ってなかったけど、あたし……意外と悟のことも気に入ってるのよ? 良かったわ、あんたのことを好きになれて。だから、色々と調べちゃった♪」
好きな人のことは何でも知りたくなる。
その意思があるせいで、俺のような無味無臭の人間を彼女は調べ上げた。
それがこの結果を生んだ。
全て、彼女の思いのまま。
俺は湾内さんの手のひらの上で、踊らされていた――。
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