第五十八話 傍観者のまま
「何をされても冷静で、感情的にならないくせに、風子のためなら大胆なこともできる。あたしなんて相手にせず、風子のことだけを考えて、あの子が幸せになるための選択を常に考えているのよね。だから、邪魔なのよ」
そう言った後、俺が息をできるように彼女はようやく口から手を放してくれた。
だが、首元に触れる手は離れない。喉元をさするように這いまわる小さな指は、いつでも絞めつける準備ができているようだった。
「こほっ、こほっ」
声を遮られたせいだろうか。
咳で声が出ない。そのせいで、最上さんと真田に俺の存在を主張できない。
(……転生前と同じだ)
この画角で、俺は見ていた。
傍観者として、二人のことを眺めていた。
最上さん……モブ子ちゃんのかわいい姿に、癒されていた。
だが、もう俺は当事者になったはずで。
応援だけでなく、直接的にあの子を助けられる立ち位置にいたはずなのに。
「あんたさえいなければ、風子はただの気弱な女の子ね。自分に自信がなくて、人に振り回されることしかできないような、自分の意思が弱い子っているのよ。ただ、風子は見た目がいいわ。清楚な見た目で、大人しい性格なのに、胸は大きいし、スケベな体をしていて、いかにも才賀が好きそうな雰囲気が出てる。男性にとって、本当に都合が良さそうね」
それを、俺は恐れているんだ。
最上さんの善性は諸刃の剣だ。それを活用すれば、他者の思い通りに彼女を利用できてしまう。
たとえば俺が、悪意に満ちた人間であれば。
今頃、最上さんを不幸にすることだって容易にできてしまった。
彼女は無垢で真っ白な存在だ。
近くにいる人間によって何色にも染まってしまう。
だから、俺でなければならない
彼女が幸せなまま、歪められることなく、本当に純粋なままでいられるために、俺が支えて、背中を押さなければならない。
たとえ、俺が最終的に選ばれることがなかったとしても。
彼女を悪意から守る盾になれたら、それでいい。
これは客観的な判断だ。最初から利益を度外視して彼女のことを考えている人間は、俺以外に存在しない。
最上さんを欺こうとする人間は、俺が排除する。
その上で決めたことなら、最上さんはきっと間違えない。
だが――湾内さんは、それを許してくれなかった。
「何もしないで。あたしが才賀に愛されるために許してね?」
脅すように、喉元に触れる指が這う。
急所に触れられると、こんなにも恐怖で体がすくむのかと、人生で初めて学んだ。
同時に、やれるものならやってみろという感情も沸き起こった。
「……その小さな体で、俺を動けなくすることはできるのか?」
声も、ようやく戻った。
抵抗しようと思えば、こんな小さな少女を振り払うことくらい容易だろう。
「いやん。怒らないで? あたしは別に、あんたが邪魔なだけで、憎しみとかはないんだよ?」
だから厄介なんだ。
この子には悪意がない。
純粋に、本気で自分の行動が正しいと思い込んでいるのだ。
彼女は……いや、彼女たち『メインヒロイン』という生き物は、自らの歪みを自覚できない。
そういう性質の存在なのだ。
「まぁ、あんたが何かしたらあたしは泣き叫んで周囲を巻き込むから、やってみたら? 痴漢されたとか、殴られたとか、そうやって冤罪を吹っ掛ければあんたは大変よ?」
「……性格が悪いな」
「にひひっ。そうなのよね~……あたし、性格が悪いのよ。 申し訳ない気持ちはあるわ。でも、あたしが才賀に愛されるためなら、仕方ないの」
相変わらず、笑顔だ。
無邪気で、純粋で……見る者によっては愛らしく感じるような、幼い笑顔。
しかし、見た目が幼いだけで、こいつはちゃんと高校生である。
その言動が全て、純真無垢とは限らない。
「大丈夫よ。あんたが大人しくさえしていれば、悪いことは起きないわ。風子もスマホがなくて連絡ができずに困っている。そんなタイミングで才賀と出会っても、大きな出来事は起こらないわよ」
俺が抵抗することで、湾内さんとトラブルを起こすリスク。
それと比較すると、たしかに最上さんと真田の出会いの方が穏便になる可能性は、高い。
「仮にここであたしと喧嘩したら、その後の処理が大変でしょ? 風子にも迷惑がかかっちゃうし……それよりも、あんたは当事者だから風子のそばにいられない。その間に、才賀がきっと風子のそばにいることになるわよ。それでいいの?」
……くそっ。
まんまと、やられていた。
抵抗したいのに、湾内さんがそれをさせてくれない。
全て彼女の思惑通りになっている。
結局俺は、傍観者でいることしかできない。
そのことが、もどかしかった――。
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