第五話 モブヒロインが勇気を振り絞ったところで
最上風子が、勇気を出す決意をした。
まぁ、とは言っても別に告白をするわけじゃない。ずっと言えなかったお礼の言葉を伝えようとしているだけだ。
たったそれだけのこと、と思う人もいるかもしれない。
でも、彼女にとっては、大きな一歩だと俺は思っている。
ここで、行動を起こせるのか否か。
それが、モブキャラとメインキャラの違いだ。
彼らは、行動によって物語を動かす。
モブ子ちゃんも、その領域にまで達して欲しい。そうでなければ、彼女は一生をモブのままで誰にも認知されずに終わっていくだろう。
その結末は転生前に見ているので、もういらない。
俺は、彼女が幸せになる物語が見たい。
その一心で、彼女を応援することを決めた。
(がんばれよ、モブ子ちゃん……!)
彼女と出会った、その翌日のことだ。
夏休みを目前に迎えたこの日。放課後になって、俺は即座に最上風子や真田才賀などのキャラが所属するA組へと直行した。
ちなみに俺はD組で別クラスだ。教室のフロアも違うので、今まで彼らとの面識もなかったというわけなのだが……それはさておき。
廊下にはもう、モブ子ちゃんがスタンバイしていた。
俺の到着にも気付いているのだろう。目が合ったので、小さく頷くと彼女は同じ仕草を返してくれた。
首が縦に振られて、前髪が揺れた。その瞬間、微かに彼女の空色の瞳が見えた。
一瞬しか見えなかったが……その目には、覚悟の光が宿っているように見える。
気合は十分のようだ。
あとは、真田が教室を出てくるのを待つだけ。
(あいつは……やっぱり、メインヒロインたちとイチャイチャ中か)
明日から夏休み。メインヒロインたちも、真田の気を引きたくて今日は気合が入っている。
教室ではいつものような攻防が繰り広げられていた。女の子たちが真田を取り合っていて、当の本人はやれやれとまんざらでもなさそうな表情を浮かべている。
そんな、テンプレのようなワンシーンがしばらく続いて。
そしてついに、彼が立ち上がった。
(真田には最愛の妹がいる。彼女が学校を終える頃には、ちゃんと帰宅するからな……よし、今だ!)
あいつの行動パターンは転生前に何度も読み込んでいて把握済みだ。彼はほとんどの時間においてメインヒロインと一緒に過ごすのだが、帰宅時は常に一人になる。
妹を心配させまいと、直帰するのだ。
そこがねらい目。モブ子ちゃんは一言、声をかけるだけ。真田も急いでいるので、長話をする予定はない。
ただ、この前のことを「ありがとう」と、そう伝える時間くらいある。
その瞬間が、ついに……。
(……来た!)
真田が教室を出た。
廊下を足早に歩いて、彼女の待機する場所に近づいていく。
今だ。
がんばれ、モブ子ちゃん!
「……あ、あのっ」
真田が迫ると同時、モブ子ちゃんは声を発した。
小さくて、震えてはいる。
だが、ちゃんと聞こえるくらいに、ハッキリとした声。
……もしかしたら、できないかもしれないと思っていた自分を殴りたくなる。
モブ子ちゃんの覚悟は本物だった。
届くはずだ。
モブ子ちゃんの気持ちが、真田に届く。
(よし、これなら――)
真田にもきっと、認知される。
そう、思ったのだが。
「あ、悪い。ちょっと急いでるんだ。また今度な!」
一切の、悪気はない。
声が聞こえていなかったわけでもない。
ちゃんと気付いてはいた。
モブ子ちゃんの存在を、分からなかったわけではない。
ただ、真田にとっては足を止めるほどの価値が……最上風子になかっただけだ。
(……そうなるのか)
こうなるとは、予測できなかった。
真田は、ヒロインのためなら足を止める。たとえ、最愛の妹を待たせたくないと言う気持ちがあったとしても……先ほど教室でイチャイチャしていた時みたいに、少しくらいは時間をくれる。
そんな予想をしていた俺が、バカだった。
(モブ子ちゃんは、あいつにとって……ヒロインですらないんだ)
真田にとっては、そこに存在していても、存在していなくても、どちらも関係なかったようだ。
「…………」
モブ子ちゃんは、呆然としていた。
勇気を振り絞ったというのに、その結果は……あまりにも、報われない結末で。
モブヒロインの現在地は、あまりにもメインキャラたちから遠かった――。
【あとがき】
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