第五十五話 嵐の前の静けさ
最上さんが見たがっていた映画は、とある恋愛小説が原作の実写映画である。
本好きの彼女が一押しということもあって内容は面白かった。学生の甘酸っぱい恋愛模様が丁寧に描かれていて、派手さこそないが鑑賞を終えた後ですごく胸が温かくなるような、そんな良作だったと思う。
もう一度言う。
派手さとかはない、凡庸でありながらもクオリティの高い一作だった。
「いい作品だった……うぅ、感動したぁ」
「そ、そんなに泣けたかなぁ」
ただ、湾内さんはちょっとズレている気がする。
映画館を出た後に気付いたのだが、彼女は声を押し殺して号泣していた。彼女の泣き顔を見て最上さんも俺もびっくりして、今は近くのベンチに座ってなだめているところである。
「ヒロインの子が幸せになって良かった……っ」
まるで、ものすごい苦難を乗り越えてヒロインと主人公が結ばれた、みたいな感想だが。
別にそんな山場はなかったぞ。普通に告白して、普通に付き合っていたが。
しかし、それが湾内さんにとっては感動的だったらしい。
「ああいう恋愛が一番素敵よね。あたしもいつか……ぐすっ」
泣きながらも、どこか嬉しそうな表情ではあった。
悲しみではなく、感動の涙ならいいか。
(感受性が強すぎるのか? それとも……さっきの恋愛映画が、わんちゃんにとっては泣くほどに理想の形だったのか)
この子はやはり変だ。
ただ、悪い人間ではないことは間違いないだろう。
「ふぅ~。いっぱい泣いたら、おなか空いてきちゃった。風子、あれにお店の場所を調べさせて。フルーツパフェが美味しいところがあったはずなのよ。何階にあるか忘れたけど」
「あれ呼ばわりはやめろ」
「佐藤君だよ。失礼なことは言わないでね?」
「ひゃ、ひゃいっ」
ふはは。ざまぁみろ。
最上さんの前で俺をバカにすると彼女はちゃんと怒る。その圧にびびっている湾内さんを見ると溜飲が下がった。
と、小者キャラみたいなことを思いながら、言われた通りにスマホでお店を調べ始めるから舐められるのだろうが。
「三階のフードコートエリアだな。ちなみに四階には美味そうなラーメン屋がある」
「そう。じゃあ、三階に行くわよ」
「四階のラーメン屋は俺たちの地元にないな」
「だからなに?」
「美味そうな豚骨ラーメンの店だ」
「あたし、こってりした味は好きじゃないのよ」
「…………そうか」
「こ、今度ね! 佐藤君、今度一緒に行こ?」
最上さんが優しすぎる。かわいい……まぁ、今度一緒に行ってくれるのなら、それでいいか。
遠出先に良さそうなラーメン屋がある、どうしても行きたくなるのが男の性質だ。
湾内さんはそんな俺を鼻で笑っているが。
「うわぁ。デートでラーメン屋ってどうなの? あんた、後でキスする時にニンニク臭かったら嫌じゃないの?」
「ききききキスなんてまだ佐藤君には早いよっ」
「俺が早いのか」
最上さんの俺に対する印象が分からない。
むしろ逆。最上さんにキスは早いと思うので、俺はそんなこと考えたことなかった。
だから平気で彼女とラーメン屋に行くことができるのである。
「ちなみに、才賀の口臭はいつもミントの香りがして――」
「はいはい。行くぞ」
野郎の口臭の話なんてどうでもいい。
というか、そんな部分までチェックしている湾内さんにちょっと引いた。ストーカー気質のせいかな。いちいち確認される真田も大変そうだった。
そんなわけで、湾内さんの行きたがっていたスイーツ店に向かう。
俺は甘いものが苦手なので、もっとガッツリしたものが食べたかったが……なんだかんだ、最上さんも甘党なので、このお店は楽しみだったらしい。
「――幸せの味がするっ」
「にひひ♪ そうでしょ~? ここ、めっちゃ美味しいのよ」
でかいパフェを食べて、最上さんはほっぺたに手をあてて目をうっとりさせていた。
パフェなんてどこで食べても味が一緒じゃないのだろうか……なんて、野暮なことは言わない。俺は黙ってアイスコーヒーを飲むだけに留めておいた。見ているだけで胸焼けしそうだが、最上さんが幸せならそれで構わない。
「ねぇねぇ。そのフルーツパフェ、一口食べてもいい? 風子も食べていいからっ」
「うん、いいよ。わたしも、湾内さんのチョコパフェが気になってて……」
二人で食べ比べもしていた。
……やっぱり、相性は悪くないのだろう。
人見知りな最上さんも、湾内さんにはすっかり心を許しているように見える。
……やはり、俺の気にしすぎだったか。
湾内さんの態度に違和感があったのだが、今のところは普通に遊んでいるだけである。
たぶん、ストーキングするのが急に寂しくなって、一緒に参加したくなっただけだろう。
そんなに純粋な少女であれば、彼女が『メインヒロイン』になるはずないのに。
俺は、分かっていなかった。
彼女たちの、執着心を。
主人公に対する、盲信を。
俺はまだ、理解できていなかった――。
【あとがき】
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