第五十三話 お気に入りのチョーカー
湾内さんのせいでひと悶着あったものの。
まずは時間通りに合流できて良かった。
「わぁ……湾内さんのお洋服、かわいいね。すごく似合ってるよ」
「え? そう? なによ、風子は素直じゃない。にひひっ。そこの男はまったく褒めてくれなかったのよね~」
俺としては、そろそろ出発したいところだが。
しかし最上さんは心優しいので、ちゃんと湾内さんのことも褒めてあげていた。
メスガキファッションは似合っているが……褒めるのは少し抵抗があるなぁ。
「俺の好みではないな。寒そうだし」
「は? 風子もそんなに変わらないでしょっ」
「さ、さすがに湾内さんの方がすごいよっ。わたしはおへそなんて出せない……」
というか、最上さんは別に露出が多いわけではない。過去と比較すると肌が多く見えるくらいで、これくらいなら今も周辺を見渡せば数人同じような露出度の女性を見つけることができる。
だが、湾内さんほどの女性はいない。都会に行けばいるのかもしれないが、少なくとも郊外のベッドタウンにそんな気合の入ったファッションの人物は存在しなかった。
「湾内さんはスタイルが細くて綺麗だね。羨ましいなぁ」
細いと言うか、小さいというか、幼いというか。
物は言いようである。とにかく、最上さんは湾内さんをかなり評価していた。俺には理解できていないので、同性同士で通じる魅力というものがあるのかもしれない。
と、ここまでは湾内さんのことをべた褒めだったが。
「でも――その首のチョーカーは、ちょっと気になるかも」
……あれ?
最上さんの一言を耳にして、俺は強烈な違和感を覚えた。
湾内さんの首のチョーカーについて、ではない。たしかに彼女の首元には赤いチョーカーがあるが、俺はその部分が気になっているわけじゃない。
あの心優しい最上さんが指摘した、という部分が引っ掛かったのである。
俺はチョーカーなんてあまり気にならなかった。最上さんに言われて意識して、ようやくその存在を認識したくらいである。
細かい部分にも気付ける最上さんの繊細さは、素敵なところだが。
しかし彼女のチョーカーに対する評価は、かなり微妙そうだ。
「ないほうが、かわいいと思う……」
「うん。やっぱりそうだよね~」
一方、湾内さんは軽い返答で同調していた。
否定されても特に気にした様子はない。ただ――チョーカーを外そうともしなかった。
「でも、これは特別だからいいの。あたしはめちゃくちゃ気に入ってるから、たとえ似合っていなくてもいいのっ。にひひ~」
むしろ、大切そうにそっと触れて、それから満面の笑みを浮かべた。
まぁ、本人が気に入っているのなら、それでいいのだろう。
「そうなんだ……ごめんね。変なこと言っちゃって」
「いいわよ。風子はいっぱい褒めてくれたもんね。そこの誰かさんとは違って」
いちいち俺を槍玉に上げるな。
意外と俺の低評価が気に障ったのだろうか。
……いや、そんなことはありえないな。
俺程度の存在にどんな評価をされたところで、湾内さんは意に介さない。
彼女にとって俺は路傍の石でしかない。だからこそ、最上さんが俺に好意を抱いている理由が分からないと言って、このデートイベントを設定したのだから。
「じゃあ、行きましょうか」
「……おい、お前はストーカーするんじゃなかったのか?」
「なんでそんな面倒なことしないといけないのよ」
「俺たちを二人きりにして、それを陰から見ているだけと言っていたが」
「気が変わったわ……てか、冷静に考えたら、どうして休日にあたしだけ一人でこそこそストーカーしないといけないのよっ。あたしだって遊びたい!」
「しかし、俺たちのデートが邪魔されるのはなぁ」
俺としては全く同意できない。
別に湾内さんが嫌いというわけではないが。
ただ、純粋に最上さんと二人きりで映画が見たいだけだった。
これは完全に俺の私情である。
「ま、まぁ、いいと思うよっ。佐藤君、わたしはむしろ一緒にいてあげたいけど……どうかな?」
……最上さんがそう言うなら、仕方ないか。
と、あっさり俺は自分の主張を取り下げて頷いた。俺にとっては最上さんが最優先事項なので、彼女が良いならそれで構わない。
「はい、決定~! ばーかばーか」
完全に俺が目の敵にされているというか、舐められているのはさておき。
そんなこんなで、今日はわんちゃん同伴のデートということになってしまったようだ――。
【あとがき】
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




