第五十話 風俗とかキャバクラで説教するおっさんが一番ださい
――土曜日。
今日は、デートイベントの日。
(まぁ、イベントじゃなくて普通のデートか)
漫画だとデートのイベントだ、という認識だったが。
この世界で生きる俺にとってはただの現実だ。漫画だとシーンが暗転しただけで切り替わるものの、俺は普通に日常を送ってこの日を迎えている。
(荷が重いが……やり切れるのか)
朝。身支度を終えてから、鏡の前で身だしなみをチェックしていた。
学生らしいファッションなんてよく分からない。とりあえずクローゼットに入っていた私服を引っ張り出して着た。黒い襟付きのシャツと、適当なジーンズを着用。かっこいいかどうかは知らない。まぁ、顔なんていくら鏡で睨みつけても変化しない上に、魅力が増すわけでもないので、悩むのは早々にやめた。
どう足掻いたところで俺が無味無臭の無貌の人であることに変わりはない。
湾内さんには何か言われそうだが、そこは気にせずいくとしよう。
さて、出かける時間だ。
玄関を出て、目的地に向かって歩き出そうとして……そこでようやく、電柱の陰に隠れている小柄な生き物を見つけた。
犬かな?
いや、違う。
わんちゃんだ。
「おはよう。ちなみに、俺のストーカーはやめろって言われてなかったか?」
「……ストーカーじゃないわよ。ちゃんと気付かれてるでしょ? あたしがその気になったら、あんたに気付かれるわけないじゃない」
挨拶はない。彼女に礼儀という概念は存在しないので当然である。そこに腹は立たない。
ただ、出会って早々ムスッとした表情を浮かべるのはどうなんだろう。
「……なんかあれね。変に大人ぶっているやつのファッションだわ」
「そうか? ファッションテーマは『普通』なんだが」
「もっと学生らしい服とかないわけ? ほら、なんか無駄にオーバーサイズのシャツとか、安っぽいネックレスとか、南国のフルーツみたいな色のスニーカーとか」
「その学生らしさが分からん」
そう言って、歩き出すと湾内さんがついてきた。
目的地が一緒なのは分かるが、なぜ彼女は俺を出待ちしていたんだろう。
「で、あたしの感想は?」
「感想?」
「あたしの洋服よ! 才賀だったら絶対に褒めてくれるのに、あんたは何で褒めないの?」
「俺は真田じゃないからなぁ」
そう言われても困る。
というか、俺に褒められて嬉しいのか?
俺に興味がないだろうと思ったからあえて触れなかったが、本人がお望みなら仕方ない。
「肌の露出は控えた方がいいぞ。へそもわきも太ももも見えなくていい。もっと見た目相応に子供っぽい恰好をしろ」
「ダメ出し!? 褒めてって言ったでしょ!!」
だって、ファッションがあまりにもメスガキすぎる。
ふとももの付け根が見えるようなショートパンツに、袖のないインナーはへそが見えるほど丈が短く、その上から羽織っている……いや、引っかけているだけの胸元の開いた上着は、服としての機能を果たしていない気がした。あと、露出が限りなく多いのになぜニーハイをしっかり着用しているのかは謎である。あまりにもニッチな層を狙い撃ちしすぎだ。
「十点ね」
「何の採点だ」
「『男としての魅力』よ。才賀は初々しいから、あたしのこの格好を見て顔を真っ赤にするのよ? にひひ、めっちゃ面白いでしょ~」
なるほど。真田が童貞すぎる反応をしたせいで、湾内さんはこのファッションが気に入ってしまったらしい。
おませなところはかわいいが、俺は精神的なアラサーの成人男性。ガキに興味はない。
「風邪ひくぞ。ちゃんと上着のファスナーを閉めろ」
「……はぁ。あんたが才賀以上の男とは、やっぱり思えないなぁ。えいっ」
湾内さんはため息をついて、ストレスを発散するかのように俺のおしりを蹴ってきた。
子供にちょっかいを出されて怒る大人はいない。平然としていたら、彼女はもう一度大きなため息をついた。
「ねぇ、説教くらいできないの? 才賀ならするよ? 『お前のためを思って――』だって! 素敵すぎて、子供が三人ほしくなるでしょ?」
「俺は説教なんて嫌いだな」
風俗とかキャバクラで説教するおっさんが一番ださいと分かっているからな。
相手のためを思ってやる説教なんてものは存在しないだろう。説教は大抵、自己満足だ。
「うーん。やっぱり、風子の気持ちが分かんないや」
湾内さんは首をひねっている。
恐らく、朝からこうしてやって来たのは、俺を見定めるためだろう。
だが、残念ながら君の期待には応えられないぞ。
だって俺は主人公ではない。あくまで『脇役』だからな――。
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