第四十八話 湾内さんはナマイキなメス犬
湾内さんを含むヒロインと呼ばれる女の子たちは、みんなこう思っている。
『人類の女子は全て、真田才賀と付き合いたくて仕方ない』
『彼と相思相愛になることが人生で一番の幸せ』
『真田才賀の寵愛を受けることを喜ばない女の子は存在しない』
その価値観で考えると、湾内さんの言動も理解できるだろう。
彼女にとって、最上さんをサポートするという選択は善意でしかない。
それを断るなんて、そもそも有り得ないという認識なのだろう。
だからこそ彼女は驚きのあまり、呆然としていた。
「し、信じられないわ。そんな考え、今まで思い浮かべたこともなかった」
「ごめんね? その、湾内さんがあの人のことを好きなのは否定しないけど、わたしは別に……そこまで、好きとかではなくて」
申し訳なさそうに、ではあるが。
最上さんが改めて唱えた否定の言葉を、湾内さんはちゃんと受け止めたらしい。
「おかしいでしょ。才賀ってイケメンでしょ?」
「そう、なのかなぁ。わたし、あんまり人の顔の基準とか分からなくて」
「性格は? 優しくてキュンキュンしないの?」
「誰にでも優しい人、って感じはするよ。でも、それだけかな?」
「他には、えっと……ほら! メスの本能とかっ。あ、この人の子供を産みたいとか、そういう感情は――」
「め、めめめメスって何!? 湾内さん、動物じゃないんだから……!」
こらこら。メス犬になるな、湾内さん。
動揺のあまりちょっと変なことを言っていた。
「落ち着け。ほら、水でも飲んでくれ」
「あたし、ジュースしか飲まないけど?」
「……入れてくるよ。少し冷静になってくれ」
わがままな小娘だ。
まぁ、子供に振り回されるのは嫌いじゃない。
肉体こそ同級生だが、魂は十個以上大人である。だから俺は怒っていない。生意気なメスガキだな、と一瞬思いかけたが、それは気のせいだ。うん、気のせい。
「どうぞ」
「うわっ。オレンジジュースって何? 炭酸が入ってないとかおかしくない?」
「……もう一回入れてくるよ」
「もういいわよ。まぁ、入れてきてくれたし、飲んであげるわ。感謝してね」
「あ、ありが……とう」
くそっ。負け犬で可哀想という同情心がなければ、ついうっかり……まぁ、どんなにイライラしていても子供に対しては怒ることも手を上げることもないので、態度は変わらないか。
これが大人という生き物である。
メスガキをあしらうことくらい、余裕なのだ。
と、己に言い聞かせて怒りを飲み込んでいた時。
ふと隣を見て見たら――最上さんが俺を見てうっとりとしていた。
「……ふひっ。佐藤君、優しくて素敵――」
た、たまに笑い方が変なんだよな、最上さんって。
本好きのせいか、自分の世界に入ってニヤつく時があるのだ。
今のシーンで、俺に優しさを感じたらしい。
別に優しいわけじゃなくて、同情しているだけで……と、説明しようとしたが、俺よりも先に湾内さんが話し出したせいで切り出す機会はなくなった。
「ちょっ、嘘でしょ? 風子って、もしかして――そこの斎藤が好きなの!?」
斎藤って誰だ。
あ、俺か。
このメスガキ、名前すら憶えていないらしい。もう我慢できない。お前はいつか泣かす。
「……佐藤君だよ。二度と名前を間違えないで」
ほら。最上さんも怒っちゃった。
そして、子犬であることでおなじみの湾内さんは、威圧されてやはりビビっていた。
「ひっ。ごごごごごめんなさい!」
謝れるのがこの子のいいところである。
仕方ない。泣かすのはやめてやろう。謝ったら許すのが大人の男というものだ。
「佐藤ね、佐藤……ってか、下の名前は? あたし、名字で呼ぶの得意じゃないのよ」
あと、覚えきれなかったのは、佐藤がありふれた苗字ということもあるのかもしれない。
それなら情状酌量の余地もあるか。
「下の名前は――佐藤君だよ」
「は? 佐藤佐藤ってこと? それっておかしくない?」
「おかしくないっ。下の名前を教えたら、呼ぶってことだよね……?」
「それ以外に名前を知る理由があるわけ?」
「じゃ、じゃあ、佐藤君は佐藤って名前にしておいてっ」
いやいや。最上さん、それは無理があるって。
でも、なんというか……うーん、かわいいな。
たぶん、他の女子に俺が呼び捨てされるのが、ちょっと嫌なのだろう。
乙女心というやつか。本当に彼女は、微笑ましくてかわいかった――。
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