第四話 モブヒロインルート、開拓
人のいない、閑散とした図書室の奥で。
俺は、モブ子ちゃんにこんなことを提案した。
『真田のことが気になっているなら、話しかけてみてもいいんじゃないか?』
余計なお世話だと分かっている。
モブ子ちゃんにとって俺は、初対面の同級生にすぎない。
しかし、言わずにはいられなかった。
「それが、君のきっかけになるかもしれない」
「む、無理だよっ。わたしのことなんて、真田君は覚えてすらないと思うし」
当然、モブ子ちゃんは全力で否定した。
首を大きく横に振っている。嫌だから、とかではなく単純に恐れ多いのだろう。
何せ彼女は自己評価が低い。
自分なんかが、と思わずにはいられないタイプなのだ。
「いや、そんなことはない。あいつはいい奴だから、絶対に覚えている」
しかしながら、モブ子ちゃんの心配は杞憂だ。
たとえ、名前は分からずとも。
真田がモブ子ちゃんのことを記憶していない訳がない。
何せ、真田才賀はラブコメの主人公なのだ。
ヒロイン関連のイベントを忘れるような立ち位置にいないのである。
「告白をした方がいい、と言っているわけじゃない。でも、お礼が言いたいんだったら……素直に、それを伝えてもいいと思う」
「…………」
俺の言葉に、モブ子ちゃんは口を閉ざした。
何も言わなくなった彼女を見て、なんだか急に不安になる。
もしかして、いきなりすぎたか?
初対面の男子にいきなり言われて、彼女を混乱させていないだろうか。
気持ちが先走っている気がする。
少し、落ち着くべきか。
「……ごめん。こんなことを言われて、迷惑だよな」
「――ううん。迷惑じゃないよ……えっと、わたしのこと、こんなに考えてくれる人は初めてで、びっくりしてるだけ。むしろ、ありがとう。嬉しい……です。えへへ」
しかし、モブ子ちゃんは、どうやら困っているわけではないようだ。
な、なんていい子なんだっ。迷惑と思われていないどころか、感謝までされていた。
くっ。かわいい。
ついニヤニヤしそうになるが、そんな場面ではないので気持ちを落ち着けて、改めて彼女と向き合った。
「本当は、分かっているの。感謝の言葉くらい、伝えてもいいよね……それくらいで迷惑だと思うような人でもないよね。でも、やっぱり勇気が出ないの。わたしなんかが、あんなにキラキラしている人に、話しかけてもいいのかなって」
ちゃんと、俺の言葉を受け止めている。
真剣に考えて、返事をしてくれた。
……俺が気後れしているわけにはいかない。
恐らく、ここがモブ子ちゃんにとっての分水嶺。彼女が紡ぐ物語の分かれ道。
もし、説得することができたら……モブ子ちゃんの運命は、変わるかもしれない。
そのために、何を言えばいいんだろう。
「まぁ、たしかに話しかけるのって勇気がいるよな。憧れの人なら、余計にそうなる」
「あ、憧れているというか、なんというか……そこは、分かんないけど、お礼が言えなくてずっとモヤモヤしてるの。だから、できるならわたしも伝えたい」
気持ちは、前向きなんだ。
だが、彼女は未だにそれを実行できずにいる。
「実はね、いつも話しかけようとはしてるんだよ。たまに、ちょうどいいタイミングがあって、その時に立ち上がろうとするんだけど、足が震えて動けなくなるから」
一歩なんだ。
彼女に足りないのは、その一歩。
前に踏み出す勇気さえあれば、あるいは……モブヒロインという運命から、脱することができる。
その意思はあるようだ。
それなら、俺がやってあげられることは――ある。
「じゃあ、俺が見守る」
「……え? 見守るって、どういうこと?」
「文字通りだよ。俺が、その場所で見ている。ちゃんと、見届ける……つまり、一人にさせない」
一人で勇気が出ないのなら、二人いればいい。
俺が代わりに声をかける、というのは意味がないのでやってあげることはできない。
だけど、その場にいることくらいなら、できる。
「つまり、俺は共犯者だ。最上さんがちゃんとお礼を言えるように、見守る……いや、監視している。それなら、少しは気持ちが軽くならないか?」
モブ子ちゃんに、理由を与える。
俺の指示があること。俺の監視があること。俺の存在があること。
それらは、彼女の背中を押す一つの要因になる。
自己肯定感の低い彼女は、自分を軽視しがちだ。自分のための行動、というものの優先度を下げる傾向にある。
だが、逆を言うと、他者の言葉の優先度を高くするということでもある。
だから、俺の提案は……一歩踏み出す、きっかけになったようだ。
「……見ていてくれるの?」
「ああ。だって、俺は君のことを応援しているからな」
「お、応援してるって、なんで?」
「さっきも理由は言っただろ。『かわいい』からだよ」
その言葉に、偽りはない。
そして、彼女はその一言に弱かった。
「か、かわいくないよっ……でも、うん。そう言ってくれて、嬉しい」
モブ子ちゃんは、グッとこぶしを握った。まるで気合を入れるかのような仕草である。
俺も真似して、エールを送った。
「がんばれ」
「うん……わたし、がんばってみる」
モブヒロインが、一歩踏み出す決意をした。
それがきっと、彼女の運命を変えるだろう。
俺はなんとなく、そんな確信をするのだった――。
【あとがき】
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