第四十五話 負け犬わんちゃんの白旗宣言
『真田を幸せにしてほしい』
湾内さんにそうお願いされて、最上さんは困っているように見えた。
それも無理はない。
だって、あいつを幸せにしてほしいって……それはつまり、最上さんが付き合うことが確定しているかのような口ぶりである。
たしかに現在、最上さんは台風の目となっているだろう。
ヒロイン界隈……という言葉が適切かどうかは議論の余地があるものの、彼女たちの間で最上さんが目立っていることも事実かもしれない。
しかし、だからといって他のヒロインの存在が消えたわけじゃない。
モブヒロインが覚醒して美少女になったからと言って、真田の愛情が全て最上さんに向くことだってない。
最上さんがダメだったら、他のヒロインがあいつを幸せにする。
そう考える方が、自然だと思うが。
「できるでしょ。風子って、なんか尽くしそうな感じするし……才賀だって、あんたみたいな子がいいと思う」
湾内さんの思考が分からない。
彼女はヒロインレースで競い合うことを早々に諦めて、負けヒロインの立場にいる。
そのことにかんしては、本人の意思だから否定しないが。
しかし、湾内さんはなぜ託す相手を最上さんにしたのだろうか。
「真田がそういうことを言ってたのか? 最上さんだけを好きになったとか、心変わりがあったのか?」
「……あんたも気になるの? あたしたちのこと」
「もちろん。そうじゃないと、君の存在を認知しているわけがない」
「あ。だから佐藤君って、湾内さんのことを知ってたんだ」
まぁ、漫画で読んでいたからだが……俺の話はいい。
今は、湾内さんに色々と聞きたい。
「ふーん。ま、別にあんたは無害そうだからいいけど……えっと、才賀が風子のことだけを好きになったとか、そういうことじゃない。相変わらず、他の女にもデレデレしてるわよ。ただ、風子のことを気にしているのは間違いないけど」
真田に大きな変革があったわけではない。
つまり、湾内さんの言動はあいつに起因しているようには見えない。
なんとなく、彼女自身の意思に見えた。
「じゃあ、最上さんである必要もないんじゃないか? 他の、それこそ真田に夢中な女の子たちに託せば、その方があいつも幸せになれると思うが」
と、疑問を投げて、ようやく話が繋がった。
「――他の子たちはダメ。見た目はいいけど、才賀が幸せになれるようなタイプじゃない。みーんな、自分のことしか考えてない。あたしにはそう見える」
……なるほど。そういうことか。
要するに、この子は……最上さんを選んだというわけだ。
「あたし、ここ数日くらいずっと風子のことをストーカーしてたのよ」
「え!? ど、どどどどどこまで見たの……?」
「パンツにクマさんがいたのは見えた」
「なんでそんなところ見てるのっ」
いや、下着の種類も大事だろ。
クマさんパンツか。うん、いいね! なんて言ったらセクハラになるので、ここは無表情を貫いておく。
「佐藤君、その日はたまたま他の下着を洗濯してただけだからっ。普段はもっと大人っぽいから!!」
何故か俺に主張しているところ悪いが、それに反応したらどっちみちハラスメントに該当しそうだったので、神妙な面持ちで頷いて流すことにした。
「こほん。それで、最上さんの下着の種類については、後で詳しく聞くとして」
「詳しく聞かないで……っ」
「湾内さん。ストーカーをして、最上さんに対してどんな感想を抱いたんだ?」
今の話で一番大切なのは、そこだ。
彼女が最上さんにどんな評価を下したのか。
それが恐らく、これから展開される物語の起点となる。
「――すっごく、いい子。こんなに性格が綺麗な子を、あたしは見たことがない。自分の欲望が感じられないのよ……行動が全て他人のためでしょ? 風子を見ていて、分かった。あたしなんか、才賀を好きになっても意味がない。わがままなあたしには、才賀を幸せにすることなんてできない」
……やはり、そうか。
突如として絡んできたのは、最上さんにライバル心があるからなのかと一瞬だけ疑ったが、違う。
「才賀を一番幸せにできるのは、風子だと思った。だから、お願いしたのよ」
圧倒的なヒロインと成った最上さんへの敬意を感じる。
まるで、強い相手にお腹を見せて服従を誓うワンちゃんのように。
湾内さんは、白旗を掲げていたのだ――。
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




