第四十二話 負け犬ヒロイン
……さて、ややこしくなってきた。
「最上風子、ちょっといい?」
「ひゃ、ひゃいっ」
放課後のことだった。
夏休みが終わって、一週間ほど経過した頃。
周囲が最上さんの変化にも慣れて……いや、慣れてはないな。未だに注目こそ集めているが、少しだけ騒々しさが減ってきた時期。
なぜか最上さんが毎日クラスに迎えに来るので、もう一緒に帰ることが日課になっていた。
今日も一緒に帰宅して、ついでに俺が気になっているラーメン屋に行こう……という話をしている最中。
突然、彼女が登場した。
「ん? 君は――」
背後から呼びかけたその女子生徒を見て、俺は目を見開いた。
俺は彼女をよく知っている。なぜなら、漫画で登場回数が多いキャラクターだったからだ。
金髪のツインテール。
小柄な体躯。
強気がにじむ不遜な表情。
ぺったんこなお胸。
スレンダーなスタイル。
恐らく、創作で最も見かける属性が盛沢山な見た目である。
彼女の名前は……たしか、
「わんちゃんだ」
「……湾内美鈴よ。てか、あんた誰」
あ、うっかり愛称の方で読んでしまった。
そうだ。彼女の名前は湾内美鈴。ファンの間では『わんちゃん』と呼ばれたりしていた。
分かりやすく説明しよう。
彼女は真田を取り巻くメインヒロインの一人だ。それ以上でも、それ以下でもない。
だからこそ、不思議だ。
どうして彼女が、俺たちの前に登場したんだろう。
「湾内さん、彼の名前は佐藤悟だよ」
「……こっちはどうでもいいわよ。あたしはあんたに用事があるんだけど」
「どうでも良くないよ? 訂正して」
ちょ、ちょっと。最上さん?
君、さっきは突然話しかけられて怯えていたのに、俺のことになるとちょっと人が変わるな。
そのせいで、わんちゃん……じゃない。湾内さんは、すっかりビビっていた。
「ご、ごめんなさい」
「あ。こっちこそ、ごめんね? その、怖がらせるつもりはなくてっ」
「べ、べべべ別に怖がっているわけじゃないけど!?」
「……ひっ。きゅ、急に大きな声は出さないでっ」
なんだこの、小動物同士の小競り合いは。
湾内さんは、強気に見えるが意外と弱い。不機嫌そうな表情こそ見えるのだが、その本性は異常に臆病なのだ。
だからこそ、ファンの間では『わんちゃん』と呼ばれている。
子犬みたいによく吠えていてかわいい、という意味も含まれている。
あと、それから別の意味があるのだが……それを説明していいかどうか、少し抵抗がある。
この部分には、あまり触れたくないのだが。
しかし、そうも言ってられないかもしれない。
「それで、何が用事なの?」
「……用事は、あるわよ」
「な、なに?」
「――才賀のこと、幸せにしてあげてほしくて。ただ、それだけ」
ほら、やっぱり。
湾内さんはとある男の子にしか興味がない。だから、彼女が動いたということは……つまり、あいつが理由なのだ。
「真田才賀のこと、あんたに託したからねっ」
湾内さんはそう言って、最上さんの手をギュッと握った。
それはまさしく、負けヒロインがメインヒロインに主人公を譲るシーンそのものだった。
(ま、負け犬だ……!)
そう。彼女は負け犬……じゃなくて、いわゆる負けヒロイン。
噛ませ犬の当て馬で、臆病なチキン小娘だ。犬なのか馬なのか鶏なのか、色々混ざっているが、とにかくそれくらい彼女は弱い。
メインヒロインの一人ではあるが、その立場は限りなく低い位置にあるヒロインだった。
「ご、ごめんなさいっ。無理です」
そして、最上さん。
そんなしっかりと否定したら、わんちゃんが可哀想だろ。
「――うぅっ。なんでよっ。あたしがこんなに大好きな才賀を、なんで幸せにできないのよ!? ぐすっ」
相変わらず、彼女は情緒不安定だ。
なんか急に現れて、急に泣き出した。地面に膝をぺたっとつけて、顔を覆っている。
それを見て、俺と最上さんは目を合わせた。
『佐藤君、なんとかしてっ』
彼女の視線がそう言っている。
対人スキルがゼロの最上さんではどうにもできないのだろう。
仕方ない。ここは俺がなんとか場を落ち着けるとしようか。
「いきなりどうしたんだ? 話、聞こうか?」
そう言って、湾内さんに手を差し出す。
すると、彼女は涙目になりながら俺を見て、それからちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「あ、ありがとう。あんた、優しいのね」
……ちょ、ちょろそうだなぁ。
傷心に付け込んだら簡単に悪い男に騙されそうである。
だからこそ、彼女は『わんちゃん』と呼ばれる。
ワンナイトにワンチャン行けそうな負け犬かわいい湾内さんだった――。
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