幕間その2 キャラが勝手に動き出した結果
エゴサをしない創作者なんてほとんど存在しない。
売れまくっている人気者になれば、読者の意見を気にしなくて良くなることもあるらしいが……ねこねこはまだその領域にいない。
特に、連載中の作品について彼女はよくエゴサをしている。
良い意見もあれば、悪い意見も多数ある。それに一喜一憂して、作業のモチベーションを維持している。
そんな最中に見つけたのが『営業A』というアカウントだった。
彼は作品の大ファンだった。ねこねこが宣伝の告知をすれば、毎度のように欠かさず感想を送ってくれるような熱狂的な読者で、彼女はいつもそのコメントに元気をもらっていた。
特に彼は、モブ子ちゃんが大好きだった。
物語の展開上、彼女をメインに据えることはできない。しかし、欠かさず毎話にワンシーン、彼女の姿を描いている。それはほんのささやかな、応援してくれる人へのサービスでもあった。
一コマの、ほんの片隅にしか描かれない、流し読みしている読者は認識すらしないキャラクターだ。しかし彼はそれを喜び、毎回のように応援のメッセージをくれていた。
それを励みに、彼女は不人気作と言われながらも連載を休まないよう足掻いていた。
だが、この三ヵ月――彼のアカウントの更新は途絶えている。
(まさか……いや、こんなことを考えるのはいけないよね)
今まで元気だったのに、急に何の音沙汰もなくなった。
最悪の不幸を予感しかけたが、彼女はハッとして首を横に振る。
たまたま忙しいだけかもしれない。あるいは、アカウントのパスワードを忘れてログインできなくなっただけの可能性もある。
ネット上の、顔も名前も知らない相手のことを深く考えても、答えはないのだから仕方ない。
彼女は営業Aの現状から、物語の方に思考を戻した。
「……このまま終わるくらいなら――」
もう、ほとんどの人間に読まれることのない作品として、終わるのなら。
せめて、自分が好きなものを描いても、いいのかもしれない。
そう考えたねこねこは、イラストソフトを起動した。
(一回だけ、モブ子ちゃんをメインにしてみよう)
頭の中で、物語を描く。
自分の好きなように、シーンを組み立てていく。
(モブ子ちゃんって、どんな出来事があれば成長するんだろう? 真田君のため……だと、私が面白くないなぁ。彼女はたぶん、このタイプの男の子を好きにならない。もっと自分だけを見てくれる人じゃないと、相手を信頼できない)
今までとは違う創作法。
従来の作品を踏襲したテンプレートに頼るのではなく、自分が好きなように、物語を広げていく。
(じゃあ、新キャラだ。モブ子ちゃんだけを好きで、モブ子ちゃんのために命を賭けられるような、そんな愛情を持った人……)
その途中で、彼は生まれた。
(たとえば、営業Aさんみたいな人だったら、この子は好きになるんじゃないかな? 相手のために、自分を変える努力をするよね。それで、綺麗になったら、真田君がちょっと焦りだしたりする……?)
たかが読者。
されど読者。
たった一人の存在が、物語に大きな影響を及ぼすことだってある。
『佐藤悟』
そのキャラクターに命が吹き込まれた瞬間、物語が急に動き出した。
ねこねこはプロットなど考えていない。しかし、どんどんとセリフが生まれて、ストーリーが進んだ。
いわゆる、キャラが勝手に動いているような状況である。
そして、ネームを書き終えた時……彼女は今までにない、たしかな手ごたえを感じ取っていた。
(――こっちの方が、面白いかも)
手垢まみれの二番煎じではない、彼女にしか紡げないようなオリジナルのストーリー。
モブヒロインがいきなりメインヒロインへとなる展開は、彼女が今まで見たことがないシナリオとなった。
(営業Aさんのおかげだっ。ありがとうございます……!)
ずっと応援してくれた、たった一人の読者に向けて描いた作品。
しかし、そのペルソナによって芽吹いた物語の息吹は、新たな可能性を示唆する強みとなる。
……そうして、この物語に大きなテコ入れが生じた。
このままの流れであれば、打ち切りが確定していたはずなのに。
しかし、とある読者の存在がきっかけで、物語はあらぬ方向に動き出す。
その結末は、神である創作者にすら予想はできない。
なぜなら、キャラクターが勝手に動きだしているのだから――。
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