幕間その1 打ち切りはみんな辛い
【???視点】
――彼女は小さくため息をついた。
それは諦めと、失望と、それから悲観がにじんだ痛々しさを孕んでいる。
某日。パソコンの通話で打ち合わせを行っていたのだが、相手から一つの報告を受けて彼女は酷く心を痛めたのである。
『……申し訳ありません。残念な結果になってしまって』
相手にも、彼女の心情が伝わったのだろう。
重苦しい謝罪が聞こえて、彼女はあと一つ零そうとしていたため息をグッと飲み込んだ。
「いえ。私こそ、力が足りなくてごめんなさい」
決して、相手の責任ではない。
むしろ自分の実力不足が、この結果を招いた。
傷ついているのは、お互い様。
それでも、通話相手はこの結果をしっかりと報告しなければならない。
それが彼の、責務だからだ。
『――ねこねこ先生の実力は十分にあります。ただ、今回は少し縁がなかっただけです……一巻の売上が芳しくなかったことは、編集部としても悔やんでいます。もっと、売れていい作品だと思いますから』
ねこねこ先生。
重苦しい場面にそぐわないふわっとしたネーミングに、彼女は苦笑した。
もっと普通のペンネームにすれば良かった。そう現実逃避しそうになったことに気付いて、彼女は抑えきれずに大きなため息をこぼした。
そんな彼女に、通話相手――漫画担当編集の安藤は、改めて明言した。
『【もうラブコメなんてこりごりだ(泣)】は、二巻で打ち切りとさせていただきます。あと一巻で終わりとなるので、物語を畳む準備を進めていきましょう』
そう。
この通話は、とある漫画家と編集者の打ち合わせ。
内容は、漫画家のねこねこが連載している作品が、打ち切りになるかもしれないということだった。
『とはいえ、二巻で売り上げが大きく回復する可能性もあります。現状だと厳しいですが……もっとSNSでキャンペーンなどの告知を打って、より多くの読者を獲得できれば、続刊を出せる可能性もあります。そのためにも、がんばりましょう』
安藤の励ましの言葉に、ねこねこはつい笑ってしまった。
もちろん、嬉しいからではない。その笑みは、皮肉に満ちている。
編集はみんなそう言う。
実際、打ち切りから回復した作品があることも知っている。
しかしたいていの場合、一巻の売上は初動が全てだ。
九分九厘、この作品は打ち切りとなる。
ただ、彼女は大人だ。それを言葉にしたところで何も意味がないことは分かっている。
だからこそ、感情をグッと押し殺して無機質に頷くだけにしておいた。
「はい。そうですね」
『……一つ、提案なのですが』
「提案?」
そこでふと、話の流れが変わった感じがした。
打ち切りの事実で落ち込んでいた彼女だが、次の言葉を聞いて……少しだけ、考えこんだ。
『少し、物語を変えてみませんか? 現状だとオリジナリティが欠如しているので、もっとねこねこ先生らしさを出していいかと思います。ご検討いただけると嬉しいです』
要するに、テコ入れを示唆していた。
ただ、彼女は少しその言葉に不満がある。
(奇をてらわず、シンプルなラブコメが良いって言ったのはそっちでしょ)
ねこねこは画力が高い、という評価で連載が決まった漫画家だった。
かわいいヒロインを描くことに定評があったので、あえて設定やラブコメはシンプルにしようと、そういう前提で作品を連載していたが……結果、二番煎じで手垢まみれの、オリジナリティが欠片もない凡作となった。
「考えてみます」
と、打ち合わせはここで終わったのだが。
通話を切った後も、彼女は椅子から立ち上がることなく、ずっと考え込んでいた。
(……そのままの方向性で連載を続けて、編集の指示が間違っていたことを証明するべき?)
意固地になって、そのままの流れを貫けばいい。
そうすれば、彼女は言われた通りに従っただけである。責任を編集に押し付けられる。
ただ、それをしてしまうと、作品の未来は打ち切りで確定するだろう。
(それとも――私の好きなように、書いてみる?)
……本当は、もっと描きたいものがある。
どこかで見たことがあるようなラブコメ主人公と、少しかわいく描けているだけのテンプレヒロインのラブコメよりも、彼女は――モブヒロインの方が好きだったりする。
(モブ子ちゃんをメインにしてみようかなぁ)
……ふと、彼女はスマホを取り出して、とあるSNSのアカウントを開いた。
自分のページではない。このアカウントは、数少ないファンのものである。
アカウント名は『営業A』。
辛い時、苦しい時、このアカウントを見て彼女は元気を出していたのだが。
しかし、最近は営業Aのアカウントを見ても、笑顔になることはなかった。
(営業Aさんも、もしかしたら何か呟いてくれるかもしれないし)
なぜなら、このアカウントはもう三ヵ月も更新がないのだから――。
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