第四十一話 世界系か、メタフィクションか、それとも劇中劇なのか
喫茶店で雑談した後。
途中まで一緒に歩いて、分かれ道で最上さんとはお別れとなった。
「佐藤君、また明日ね。さようなら」
「うん。また明日」
手を振って、背を向ける。
しばらく歩いて、ふとなんとなく後ろを振り向くと……まだ最上さんは、こっちを見ていた。
「――あっ」
俺が振り返ったことに気付いて、彼女は嬉しそうに再び手を振る。
それにもう一度手を振ると、彼女は満足そうに笑ってからようやく歩き出した。
(……かわいいな)
まるで、別れを惜しむかのように。
俺が歩き出してもまだ、彼女はこちらを見たまま動かなかったのだろう。
それから、俺が振り返っただけで、あんなに満面の笑顔を浮かべていた。
まさしく、ラブコメだった。
漫画でこういうシーンを読むのは好きだった。ヒロインのかわいい仕草を見て癒されていた。
しかし今は、そうやって傍観することができない立場にいる。
なぜなら俺は、当事者なのだから。
(最上さんのサポートをするために転生した――と、思っていたが違うのか?)
自らの存在意義が揺らいでいる。
今まで、真田や最上さんの物語に俺の設定はあまり関係がない上に、余計な情報ばかりでノイズになりそうだったので、開示はなるべく控えていたが。
しかし、こんな物語の中央に立たされている状況では、ある程度説明しておく必要があるだろう。
(記憶を思い出したのは、夏休みの少し前だった。今までぼんやりしていた意識が、急にはっきりして……突然、転生前の記憶が蘇った)
佐藤悟は少し前まで、本当にただの脇役だった。
最上さんはモブヒロインでこそあったが、プロフィールやデザインなどは設定上しっかりと存在していた。恐らく、作者が気に入っていたからだろう。一話にワンシーンはほとんど登場していたし、一度だけカラーイラストにもなっていた。
実際にかかわって、やっぱり最上さんは作者に愛されていたことも改めて感じた。
実は巨乳で、甘党で、本好きで、意外と下ネタに寛容で、あと胸が大きい。地味な身なりで、顔も前髪で隠れていたが、その気になれば美少女になれる――という裏設定があったと、俺は予想している。
つまり彼女の覚醒は、作者が匙加減で可能だった。
あるいはこのラブコメが打ち切りになることなく、長期連載になった場合の余白として、最上さんの設定は存在していたようにも思う。更に物語が進んでいけば、いつか彼女がメインとなる回がもっとあったのかもしれない。
ただ、この作品は残念ながら途中で打ち切りとなり、設定上の存在もすべて消失する結果となったわけだが。
一方で、俺という存在は最上さんとは大きく異なる。
(本当に、名前しか存在しなかったんだよなぁ)
脇役の一人。佐藤悟。
ただそれだけで、それ以上の設定はないし、隠された情報もない。
この漫画を熟読している俺ですら分からないということは、たぶん連載中も一度として名前が登場したことがない。もしかしたら、コマの隅にいたかもしれないが、記憶に残らないような些細な存在だった。
それが、最上さんと俺の大きな違い。
彼女は創作者という神に愛されていた。
俺は、神すらも認知していなかった。
名前しかない白紙の存在。だからこそ、転生前の人格がそのまま反映されても不自然さはないのだろう。
限りなく転生前に近い趣味嗜好があったおかげで、最上さんのことも心からかわいいと思っている。それは嬉しい。ただ……変にメタ的な情報があるせいで、自分の存在している理由を定義できない。
……今まで、あまり考えないようにしていたが。
この世界には、一つだけ大きな欠点がある。
(この作品が打ち切りになったら――)
その後、どうなる?
という思考さえためらってしまうのは、打ち切りの先に何も残らないことを知っているからだ。
俺が大きく懸念していることが、一つある。
(仮に、俺が最上さんとラブコメをした場合……そのまま、物語は打ち切りになるのか? もしそうなったら、みんな消えていなくなるのか? それなら、俺はあくまで脇役として――真田のラブコメが面白くなるように、サポートするべきなのか??)
世界系、というやつなのか。
あるいは、ただのメタフィクションなのか。
それとも、ただの劇中劇でしかないのか。
(俺に与えられた役割は、何なんだ)
何をすれば、最上さんが幸せになれるのだろう。
そのことで悩んでしまって、俺は……彼女の好意に応える覚悟ができなかった――。
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