第三十九話 覚醒したモブヒロインが選んだ相手は――彼だった
最上風子はメインヒロインになる権利を手に入れた。
しかし、それを行使するかどうかは本人の自由だ。
通常であれば、無条件で好かれる主人公に見初められることを至上の喜びとするはずだが。
しかし彼女は、その部分に価値を感じていなかった。
そうだったんだ。
今日の態度を見て、なんとなく予感はしていたが……やっぱりか。
「佐藤君。勘違いしないでね。別にわたしは、真田君のことが好きじゃないんだから」
ツンデレだったら逆の意味になる発言。
しかし彼女にその属性はない。むしろ天邪鬼とは真逆。素直な女の子なので、その発言に裏の意図はない。
(こんな状態は見たことがないな)
転生前、あらゆるコンテンツを貪ってきた消費型オタクの俺でもこんなラブコメは知らない。
というか、ラブコメとして成り立っているかどうかも怪しい。
主人公に見初められてメインヒロインになる予定だったキャラクターが、その権利を捨てている。
その場合、主人公がただの勘違い野郎となってしまうわけだ。
こんな状況、見ていても面白くはないのでラブコメに存在してはいけないのだろう。
「……そうか。真田に興味はないんだな」
ひとまず、それが明確になって良かった。
勘違いして今まで俺の方も空回りしていたので、これからはもう少し歯車を合わせる努力ができる。
まぁ、俺の役割は未だによく分からないのだが。
「どうして佐藤君はそんな勘違いをしてたの?」
「それは……まぁ、なんとなくだ」
漫画で読んでたからだよ。
なんて言えないので、曖昧な表現を使ってごまかした。
「夏休みも、一生懸命がんばってたからな。真田にスルーされたことがショックで、変わろうと決意したんだと思っていたよ」
「あー、なるほど。たしかに、きっかけの一つではあったかも」
「その言い分だと、他にも理由がありそうだな」
「もちろん。真田君だけが理由なわけないよ」
あくまで、夏休み前の真田との一件は要素の一つでしかなかったのか。
彼女が変わりたいと決意した別の理由。
それは、まぁ言葉にしなくても分かる。
「――わたしに、がんばれって言ってくれた人がいた」
俺だな。
うん、俺だった。
「名前を呼んでくれて、励ましてくれて、鼓舞してくれた。こんなわたしを肯定してくれて、認めてくれて、応援してくれた。その人のために、がんばりたいって思えた」
本当に、この子は他者の影響を受けやすい。
俺の言葉に大きな影響を受けて、彼女はモブヒロインを脱するための一歩を踏み出した。
結果、彼女は覚醒したというわけだ。
「わたし、早起きは苦手だし、運動も嫌い。でも、夏休みは毎日、楽しかった。朝起きるのが全然たいへんじゃなかった。だって――佐藤君に会えるから」
真田のことを語る時とは全く違う、言葉の熱。
本心からの気持ちは、俺の心さえも大きく揺さぶった。
(……最上さんが選んだのは――俺なんだな)
真田才賀ではなく、この脇役の俺を最上さんは選択したのだ。
その理由は、単純なもので。
「だって、佐藤君ってわたしのこと大好きでしょ?」
卑屈なモブ子ちゃんにさえ伝わってしまう、俺の愛情のせいだ。
自己評価が低すぎる彼女がこういう発言をするのだ。よっぽど、俺の気持ちが分かりやすいのだろう。
ああ、そうだよ。俺は君が大好きだ。転生前、ページの隅っこにいる君をいつだって目で追っていた。
モブ子ちゃんが幸せになる妄想を何度もした。
時にSNSでその思いを熱く語った。モブ子ちゃんのファンコミュニティも立ち上げた。打ち切り漫画のモブキャラのファンはニッチすぎて数人しかいなかったが、それでも俺は仕事の合間に語り続けた。
だから君の幸せを願っていた。
献身的に、モブ子ちゃんの幸せだけを祈って、支えてきたつもりだった。
ただし、そういった行為全てが彼女にとって、大きな意味を持つものとなっていたらしい――。
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