第三話 モブヒロインが報われる結末があったっていい
『真田君』
その名前が彼女の口から聞こえた瞬間、まるで冷水を浴びせられたかのように急に高揚感が失せていった。
大好きなキャラクターと出会えてテンションが上がっていたが……まぁ、そうだよな。
俺にとって彼女は最愛の存在でも、彼女にとっては違う。
そもそも、俺の気持ちだって恋愛感情ではない。
今でいうところの『推しキャラ』に近いので、彼女が真田に思いを寄せていることに対して、今更抵抗感があるわけじゃない。
じゃあどうして、気持ちが沈んでしまったのか。
それは……彼女が、報われない恋をしていることを思い出したからだ。
「最上さんは、よく真田のことを見てるよな」
「へ? なんで、そのことを知ってるの?」
「俺は、ずっと君を見てたからな」
「そ、そっか。見てたんだ……」
この世界ではない、別の場所でだけど。
でも、嘘ではない。一話にワンシーン、コマの端っこに必ずこの子はいた。いつも教室の隅から、主人公とヒロインのことを羨ましそうに見ているのだ。
「あいつのこと、好きなんだよな?」
「……好き、なのかなぁ。自分では、よく分からないかも」
そう言って、モブ子ちゃんは力のない笑みを浮かべた。
俺に名前を呼ばれて喜んでいた先ほどの表情とは違う。
どこか、寂しそうで、虚しそうな……そんな、痛々しい笑みだった。
「それに、名前も憶えられていないのに、好きだなんておこがましいよ……ただ、一回だけ落とし物を届けてくれたことがあるの。そのお礼が、まだ言えてなくて」
ああ、知っている。
モブ子ちゃんの初登場シーン。彼女は廊下でうっかりメモ帳を落とした。それを主人公である真田が拾って、モブ子ちゃんに届けた。
モブ子ちゃんはいきなり話しかけられてびっくりしていた。
あれがきっかけで、彼女は真田を意識するようになった――というシーンである。
……あまり、メタ的な考察をするべきじゃないと分かってはいるのだが。
しかし、結局そのシーンは、真田の優しさを強調するための演出でしかない。メインヒロインだけではなく、モブキャラにも優しい、ということを読者に伝えたかっただけだろう。
モブ子ちゃんは、真田の性格を印象付けるために存在している舞台装置にすぎなかった。
結局、彼女は……最後のシーンで登場することなく、漫画は打ち切られて、存在そのものが忘れられていった。
そのことを思うと、浮かれているわけにはいかないと思ったのである。
「ずっと、お礼を言おうと思って話しかけるタイミングを探しているんだけど……勇気が出なくて」
だからモブ子ちゃんは、ずっと真田のことを見ていたんだ。
このことを語られるシーンはなかったので、彼女の内情までは知らなかった。
(俺がこの世界に転生した意味って、なんだろう)
ふと、考える。
ただ、推しキャラに出会えて喜んでいるだけで、いいのだろうか。
このまま何もせずにいても、この漫画は打ち切りになって終わりを迎える。
その先はどうなるか、脇役ではあるが登場人物になっている俺には知る由もない。
でも……せっかく、この世界にいるのだ。
(もしかして――この子の運命を変えることも、できるんじゃないか?)
大好きなモブ子ちゃんが、報われるルートがあるのだろうか。
いや。恋が報われないにしても……今のように空気キャラとして終わるのではなく、もっと存在感を発揮することは、できるかもしれない。
メインヒロインたちと正々堂々と戦えたなら、仮に敗北したとしても、彼女の存在はもっと多くの読者の記憶に強く刻まれるはずだ。
あと、単純に……俺は、見てみたい。
(この子が報われるルートを、見たい)
ファンとして、読者として、モブ子ちゃんを応援したい。
俺は……彼女の背中を、押したい。
そう強く思ったときには、もうこんな提案をしていた。
「話しかけてみても、いいんじゃないか」
……これが、始まりであってほしい。
モブヒロインが報われるラブコメの、サブストーリー。
それが見たい。
だから俺は、彼女に手を差し伸べたのだ――。
【あとがき】
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