第三十八話 見た目が変わって態度も変わる人なら
「あ。でも、夏休み前は真田君に対して悪いイメージはなかったよ?」
最上さんは補足するように言葉を足している。
俺が勘違いしていることを、彼女はしっかりと訂正したいようだ。こちらが聞いてないのに、次々と彼女の内心を教えてくれた。
「メモ帳を拾ってくれたことに感謝してて、いい人だなって思ってた。ただ、それだけのことで……あの時はその気持ちが恋愛感情なのか分からなかった。でも、今はちゃんと分かる」
「……最上さんにとって、真田はどんな存在だったんだ?」
「わたしに『も』優しくしてくれる素敵な人、かな? うん、それだけだったと思う」
……正解だな。
最上さんの認識は正しい。
真田はヒロインに対して誰にでも優しい。
最上さんだって、その対象に入っていただけにすぎない。
要するに、最上さんは真田にとって特別な存在なんかではなかった。
そのことを彼女はちゃんと理解していたみたいだ。
「ちょっとだけ、勘違いしてたのかも。わたしに優しくしてくれるってことは、少しだけ興味を持ってくれていたのかなぁ……って。そう思い込んで、じゃあわたしもちゃんとお礼を言わないと失礼だよね――って」
最上さんにとって、メモ帳を拾ってもらえたことは特別なイベントだったのだろう。
それに応じた気持ちをお返ししなければならない、と考えていたみたいだ。
あれだ。突然クラスメイトから告白された女子が、相手の気持ちを尊重して丁重にお断りする――という現象に近い。
相手の気持ちは嬉しいから、それに応じた態度を返す。
最上さんも、そうしようとしていたのだろう。
「だけど、別にわたしが意識しすぎていただけで、真田君は無関心だったでしょ? それなのにわたしばかりが空回りしていたんだなって、夏休みに気付いたの」
「どうして、そう思ったんだ?」
「だって――わたしに本当の意味で興味を持ってくれる人に出会えたから」
……そうか。そうだよな。そうなるよな。
薄々、察していなかったと言えば嘘になる。
彼女が、真田が『薄っぺらいただ優しいだけの人間』であることに気付いてしまった理由。
「佐藤君が、気付かせてくれたんだよ?」
やはり、俺だった。
俺が、この物語を壊す起点となっていた。
「真田君と佐藤君を比較したら、全然違ったの。ただ、それだけ」
物質の価値は、相対的に変化する。
人間の価値も、そうなのかもしれない。
「それに……見た目が変わっただけで、あんなに態度を変える人をわたしは信じられないかな」
それから、サラッと発言したその言葉に、初めて最上さんの感情が宿った。
真田に対してとことん関心が薄かったのに、ようやく少しだけ語気が乱れた。
「無視されたことを、わたしはちゃんと覚えているからね」
……なかったことにはできない。
真田のあの態度を、彼女は忘れていない。
モブヒロインだから、仕方ないと受け入れていただけで。
実際の人間関係として、やはりああいう態度には疑問が残る。
夏休み前。真田は急いでいるとは言っていたが、その前は他のヒロインたちと雑談を交わしていた。
その時間があったのなら、最上さんにも一言くらい対応できたと思えてしまう。
「さっきも茶化してきて、少し嫌だった……教室でも、チラチラ見てきてた。休み時間になると話しかけたそうにしてて、なんだか不思議だった。夏休み前は、わたしなんていないかのように振る舞っていたのに」
「そ、それが嬉しいとか、そういう感情はないんだな」
「ないよ。見た目が変わって急に興味を持たれても困るもん。今まで無関係だった人なら、まだ分かるよ? あ、こんな人もいたんだって、新しい出会いとして理解できる。だけど、真田君はわたしのことちゃんと認識してたのに、見た目が変わった途端に態度が変わったの。それが嬉しいわけないよ」
……認識していたが故に。
それが理由となって、真田は……うん。これはハッキリ言うしかないな。
(あいつ、嫌われてないか……!?)
主人公がなんていう有様なんだ。
でも、俺はあいつを責められない。
(真田よ、ごめんな。たぶん、俺がやりすぎた)
俺のせいだ。
俺が、このテンプレラブコメの流れを破壊していた。
いや、テンプレが壊れるのなら、それでいいのかもしれないが。
……まぁ、真田も悪いので、別にいいか。
因果応報だ。
見た目によって態度を変えるような人間が、好かれるわけないか――。
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