第三十七話 主人公と元モブヒロインの現在地
その気になればいつまでも雑談できる空気感なのだが。
しかし、ここに来た目的を果たしたいので、早速だが単刀直入に切り出した。
「最上さんは、真田のことが気にならないのか?」
「え? なんで真田君の話???」
ミルクティーの入ったグラスを持ちながら、彼女はこてんと首を傾げた。
不思議そうな表情を浮かべている。
別に、とぼけているわけではない。
心の底から、俺が話題に出した理由を分かっていないみたいだ。
「いや、ついさっき真田と会話しただろ」
「うん。したね」
「……最上さん、ちょっと怒ってたな」
「うん。だって、佐藤君とわたしが付き合っているのかって、どうしてそんな話題を赤の他人が聞いてくるのか分からなかったもん」
うん。俺にも分からん。
もちろん、真田の心理のことではない。あいつの単純なラブコメ脳なんて手に取るように理解できる。
だから分からないのは、君の方なんだ。
「ああやって茶化さないでほしいの。だって、ほら……佐藤君が嫌がったりしたら、ショックで立ち直れないし」
「まぁ、俺が最上さんを嫌がることなんてないが」
「――ふひっ。あ、今のなし。変な笑い方になっちゃった……!」
最上さんが慌てた様子で口元を隠している。
ただ、ほっぺたがつり上がっていたので、ニヤついているのがバレバレだった。
彼女の心情も分かりやすい。
でも、そのせいでやっぱり分からない。
矛盾めいた言葉回しだが、実際にそうだから困ったものだ。
「『真田にお礼の言葉を言いたい』と、夏休み前に最上さんが言っていた」
「うん。言った」
「夏休み前は、話しかけたけど無視された。その時に俺が言ったことを、覚えているか?」
「もちろん。佐藤君の言葉は忘れないよ」
最上さんは、力強く頷いた。
躊躇いは一切ない。彼女はハッキリと、俺のセリフを復唱する。
「『君はまだ、真田が足を止められるほどの存在じゃない』」
ああ。そうだ。
最上さんと真田の現在地を明確にするために、あえて冷酷に事実を突きつけた。
「あと、それから……『最上さんは『モブヒロイン』のまま、終わってもいいのか?』って、言ってたよね」
そっちも、覚えているんだな。
改めて聞くと酷い言葉だ。
でも、こんな言葉をかけてでも、最上さんに奮起してほしかった。
嫌われる覚悟で言い放った発言だったことを、俺もよく覚えている。
「あの時と比べて、君は大きく変わった。今日だって、真田が二度も話しかけていた。夏休み前は話しかけても対応してもらえなかったのに、今は違う」
前提条件を明確にする。
その上で、現在の状況を洗い出す。
「俺はこう思っていた。『最上さんは、真田に気にかけてもらうために変わろうと決意したんだ』――と」
改めて、分かりやすくまとめよう。
【前提条件】
・真田に足を止めてもらえるような価値のある存在になりたい。
・だが、モブヒロインのままではそうなれない。
・だから彼女は変わろうと決意して、夏休みは努力に励んだ。
【現在状況】
・努力が実を結んで彼女はモブヒロインを脱した。
・真田が声をかけるような価値のある存在となった。
・しかし最上さんは、真田をまったく意識していない。
つまりは、こういうことである。
入力と出力の結果が違う。その間にあるブラックボックス――彼女の心には、どういった変化があったのか。
「ハッキリ言おう。俺は、最上さんが真田を好きだと思っていた」
迂遠な言い回しはもう終わりだ。
勘違いしているかもしれない部分を、彼女に対して明示した。
すると、最上さんは即座にこう言った。
「――違うよ?」
心外だ。
なんでそんな思い違いをしているんだ。
わたしのこと分かってくれなくて酷い。
……という、俺を責めるような感情も一切ない。
つまり最上さんは、真田に関係する事態で心を動かすことがないのだ。
「わたし、好きだなんて一度も言ったことないよ」
まるで『今日の天気予報は雨じゃなくて曇りだった』と。
あくまで情報を訂正するだけのセリフ回し。
そんな彼女に、俺は……無言で、コーヒーを飲んだ。
(これで確信した。最上さんは――真田に対して、何も感じていない)
つまり、彼女にとって真田は無価値。
この世界の主人公であるはずの彼は……最上さんにとって、大勢いるキャラクターの一人にすぎないようだ。
これでは、すっかり逆転している。
夏休み前と後で、立場が入れ替わっていた――。
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