第三十六話 佐藤君は甘い
――放課後。
俺と最上さんは今、学校から少し離れた場所にある喫茶店に来ていた。
「な、なんかオシャレなお店だね」
「そうだな」
隠れ家的なコンセプトなのだろうか。
民家を再利用して……いや。あるいは住居をそのままお店にした、みたいなアットホームな喫茶店は俺が前々から目をつけていたお店である。
これも転生前の名残だ。
アポを取った企業との商談時間にまだ余裕がある時、時間つぶしもかねて喫茶店で過ごすことも多かった。そのせいか、道を歩いていると喫茶店を探す癖がついてしまっている。
そのおかげで見つけたのが、このお店なのだ。
客は俺たちの他に、この時代に新聞を熟読しているおじいさんと、隅っこの席でパソコンを開いているメガネの男性しかいない。あの男性はデイトレーダーだな。そんな気配がする。もちろん偏見だが。
何はともあれ、いい雰囲気だ。
「どうぞ」
店内を観察していたら、店主らしき柔和なおじいさんが注文した飲み物を持ってきてくれた。
俺はアイスコーヒー。最上さんはミルクティーである。
「若いねぇ。学生さんか?」
「はい。近所の学校です」
「そうかい。ごゆっくりね」
都会とは違って、地方だとやっぱり人が温かい。
優しい言葉をかけられて、つい頬が緩んだ。まぁ、人見知りの最上さんは硬直して何も言えてなかったが。
「……佐藤君って、大人っぽい?」
「そう見えるのか?」
「うん。こういうお店に入っても堂々としてるし、知らない人から話しかけられても落ち着いてるね」
「最上さんが挙動不審なだけじゃないか?」
「わ、わたしは、その……うぅ、人見知りでごめんなさい」
「かわいいから許されるよ。安心しろ」
「……甘すぎる。佐藤君は、わたしに甘すぎる」
名前通りでいいじゃないか。
佐藤だからな――って、いや待て。
(こういうのが、真田と最上さんのラブコメを邪魔しているのか!? 無意識に口説いている気がする……!)
最初は、最上さんのネガティブな思考が改善されたらいいなぁ――という目的で、いつもこんな感じで肯定していた。
もちろん本心でもあったので、嘘をついていたわけじゃない。
ただ、こういった言葉は視点を変えると、口説いているようにもなるわけで。
最上さんは俺が言うのもなんだが、すごくチョロい。
だから、今のような状況になったのかもしれない。
(……落ち着け。自分の反省は後だ)
今は己と向き合っている場面じゃない。
改めて、最上さんと話がしたい。その目的で、喫茶店に誘ったのだから。
少し冷静になろう。
そう考えて、コーヒーを少し口に含んだ。
……そんなところまで、最上さんは見ていたようで。
「でも、甘党じゃないんだよね。コーヒーもブラックで飲むんだ」
大人っぽいね。
そう言われている気がする。あと、それで評価されている感じもする。
ただ、過大評価だと思うんだよなぁ。
「カッコつけているだけかもしれないぞ? ブラックで飲むのが通に見えるからな」
「その割には、顔色がまったく変わんないけど。カッコつけているだけなら、もうちょっと苦そうな顔とかするんじゃないかなぁ」
「……実は苦くない、と言ったら?」
「そうなの? じゃあ、わたしにも飲ませて?」
そう言って、彼女はひょいっと俺のグラスを奪った。
あ。最上さん、ちょっと待って。
「――にぎゃっ」
一口。それだけで最上さんの表情が苦悶に歪んだ。
ミルクティーを飲んで舌が甘さに慣れていたこともあってか、苦みを過剰に感じたのかもしれない。
「に、苦いよ、佐藤君……! わたし、甘い方が大好きなのに、ひどいよっ」
彼女は涙目になって抗議していた。
か、かわいいなこの子。いちいちリアクションがかわいい。
おい、やめろ。
この展開はなんだ。いつの間にか普通のイチャイチャラブコメみたいなことになっているじゃないか。
あと、それから。
(……俺に対して、遠慮がないな)
飲み物を奪うことも。
恨めしそうな視線を向けることも。
全て、俺が相手なら許してもらえると信頼しているが故の言動だった。
心から、彼女が俺を慕っていることが伝わってくる。
……だからこそ、分からないんだ。
今、最上さんにとって、真田はどういう存在なのか。
そのことについて、これから詳しく聞かせてもらおうと思っていた――。
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