第三十五話 テンプレラブコメ主人公の法則
なぜこのタイミングで遭遇してしまうのか。
ちょうど、先輩たちとの一部始終を見ていたのだろう。真田が俺に訝しむような視線を向けていた。
(もう少し早く来いよ……)
もし、俺がトイレに行っている間に真田が来ていたなら。
最上さんを助けていたのは、こいつになるはずだった。
しかしこいつが現れたのは、俺が問題を解決した後。
(いや……もしかしたら、俺がイレギュラーな存在で、真田が正規のタイミングなのか?)
ヒーローは遅れて登場するとは古来から言われていること。
仮に俺の存在がなかった場合、真田の登場はもっと最上さんが緊迫した状況となっていただろう。そこで颯爽と現れた真田が彼女を助ければ、一つのイベントとして大きく盛り上がる。
しかし俺が盛り上がる前にあっさり解決してしまった。
そう考えると、ちょっと申し訳ない気持ちもあった。
ごめんな、真田。お前が活躍するはずのイベント、俺が済ませちゃった。
「さっきは付き合っていないって言ってただろ?」
「……うーん」
さて、困った。
どう対応したらいいんだろうか。
今後のことなども考えて返答に迷っていたら、意外なところから助け船が出された。
「――違うよ」
俺の背後。
先ほどまで隠れるように身を小さくしていた最上さんが、言葉を発した。
今まで、一度たりともまともに会話できなかった真田に対して。
まさかこの場面が、彼と彼女の初めての会話になるなんて思わなかった。
「さっきは、佐藤君がわたしを助けるために嘘をついてくれただけだよ。付き合ってはいないの」
……おお。
そうか。うん、そうだよな。
最上さんも、ようやくヒロインとしての自覚が芽生えたのかもしれない。
俺との関係性を真田に誤解されないよう、ちゃんと説明してくれていた。
良かった。これなら、真田に敵意を向けられることもなくなる。
そう、期待した俺がおバカさんだった。
「佐藤君の迷惑になるから、そんなこと言わないで」
……違うんだよなぁ。
最上さん。違うんだよ。
最上さんと付き合っている。そう思われることで俺が迷惑に感じることはない――というのもある。
でも、それ以上に。
「わたしなんかが付き合えるような男の子じゃないの。佐藤君は本当に素敵な人で、わたしは彼と親しくしているだけで、とても幸せなんだから……あんまり、そうやって茶化さないで」
ベクトルが逆だった。
真田のために否定しているのではない。
彼女は、俺に対する好意を前提に真田の疑いを否定している。
つまり、彼女が配慮しているのは佐藤悟――俺だった。
これでは、真田の不安が消えることはない。
むしろ、疑念が確信へと変わったくらいには、衝撃的だったのかもしれない。
「そ、そうなんだな。ごめん……変なこと聞いた」
俺に対しては強気でも、ヒロインに対してはヘタレ。
テンプレラブコメ主人公の法則に従って、彼は素直に謝罪していた。
弱い。真田よ、お前はなぜヒロインに対してそんなにクソザコなんだ。
もっとお前がしっかりとした意思を持っていれば、このラブコメは打ち切りにならずにもっと面白くなる可能性だってあったんだぞ。しっかりするんだ、真田才賀。
「と、いうことは――最上は、こいつに片思いしているのか?」
あと、往生際が悪い。
その部分を明示させることは悪手だろ。
だって、そんなこと分かり切っているんだから。
「べ、べべべ別に、そういうわけじゃないよっ」
あまりにも分かりやすかった。
その言葉を、額面通りに受け取るほど俺は鈍感ではない。
真っ赤な顔と、上ずった声と、慌てふためいて手をブンブンと振っていて、その振動でプルプルと揺れる胸部。いや、胸元は関係ないけど。
「……そうか。それが聞けたらいい。すまないな、邪魔した」
うん。そして真田よ、お前はもうダメだ。
なぜ今のセリフを素直に信じられる。
『ああ。良かった、最上は片思いしているわけじゃないんだ』
そう思っているからお前はクソザコ主人公なんだ。
最上さんの気持ちなんて、転生前は女性と一切交流がなく仕事のために生きて仕事のために死んでいった俺ですら分かるのに。
真田才賀という男は、やっぱりあれだった。
まったくもって頼りない、テンプレラブコメ主人公でしかないな――。
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