第三十三話 低みの見物から高嶺の花へ
自ら望んだわけではないが、残念ながら俺と真田の間に関係性が生まれたことはさておき。
こちらの対立軸は一旦後回し。いや、後の展開で俺がどんな介入をするのか、考えただけで頭が痛くなるので、もう考えるのをやめた。
野郎二人のいざこざなんてラブコメにおいてどうでもいい。
人はなぜラブコメが好きなのか。
それは――かわいいヒロインが見たいからに決まっている。
俺の視点で言うと、やはり最上さんのことを語るのが一番なのだ。
「おい、A組にすげぇ子がいたぞ」
「見た見た。あの子すごかったな……転校生か?」
「いや、夏休みデビューしたらしいぞ。同じクラスにいるやつが言ってた」
そして今、俺の所属するD組の教室はあの子の噂でざわついていた。
放課後。今日は帰宅する生徒がやや少なくて、いたるところから最上さんの話題が聞こえてくる。特に男子からの興味は強いようで、大きな声が耳を澄まさなくても聞こえてきた。
夏休み明けで友人と会うのも久しぶりだからなのか。
みんなオシャベリに花を咲かせている。
「あの子、でかいよな」
「うん。でかいよなぁ」
「胸がな」
「はぁ……お前らはまだまだガキだな。いいか? 胸よりも尻がいいんだよ」
まぁ、男子高校生ならそういう感想になるよな。
思春期真っ盛りの彼らにとっては重大な視点なのだ。周囲の女子がドン引きしていることさえ、彼らは気にしない。
なぜなら、これが青春。
他クラスの巨乳に目を輝かせている姿は、ある意味では微笑ましさすら覚えるくらいだ。
品行下劣な奴らめ。そのまま健やかに成長するがいい。
(……すっかりおじさんの視点だな)
若さに目がくらむ。瑞々しい青臭さを見ると、つい全てを許してしまいたくなる。
転生前は28歳。まだまだ現役世代ではあったが、健康診断ではいくつかの項目で引っかかる程度には不摂生のアラサーだった。酒が美味いのが悪い。俺は悪くない。
まぁ、そんなことはさておき。
(――やっぱり、最上さんは注目の的か)
ある程度予想できていたことなので、驚きはない。
ただ、仮説が確信に変わったことで、俺は強い安堵を覚えた。
良かった。最上さんはみんなから好意を持たれている。
モブヒロインから一転。すっかり人気者に様変わりしたわけだ。
俺とはもう住む世界が違うんだ。
こんな、教室の隅で噂話を聞いてニヤニヤしているような脇役とは比較できない高嶺の花となった。
だから、最上さん。
君はもっと、自分に適した選択をした方がいいと思うんだ。
「さ、佐藤君っ。まだ残っていて良かった……!」
そろそろ帰宅しようかなと思っていた時だった。
席を立ちあがると同時に、最上さんがD組の教室にひょっこりと顔を出したのである。
その瞬間――教室が静まり返った。
「……タイミングが悪いな」
「え。わ、わたし、何か変なことしちゃった……?」
すごい。「俺、なんかやっちゃいました?」が自然と思える状況に立ち合えて。俺は嬉しい。
あと、その問いかけに俺は力強く頷いてあげよう。
「あいつと最上さんってどういう関係なんだ!?」
「名前、なんだっけ。たしか――佐川だっけ?」
「宅急便かよ。坂本だろ」
「さ、から始まることは覚えてるんだけどな」
クラスメイトから名前を憶えられていないのは別に構わない。
俺は最上さんに偉そうなことを言っていたが、実は立場が夏休み前の最上さんとさほど変わらない人間である。自分のことなんてちゃんと棚上げしているので、今更傷つくこともないのだが。
しかし、もうちょっと小さい声で話した方がいいと思う。
だって、最上さんが……なんか怒っていた。
「……『佐藤』君!」
彼女にしては、少し大きな声で。
まるで、俺の名をみんなに知らしめるように。
だがよく響く透き通るような声は、教室中に届いていた。
みんなが、彼女を見ている。
先ほど、登校した直後と同じような状況。周囲の視線を集めることを、彼女は苦手としている。
しかし、今はもう頭が真っ白になっていないみたいだ。
「一緒に、帰ろう?」
大きな声で。
まるで、見せつけているような態度で、戸惑う俺の手を引っ張って彼女が歩き出した。
(これで俺も、噂の渦中だなぁ)
あるいは、彼氏だと思われるのだろうか。
他人にどう思われようと気にしないので、噂になるのはどうでもいい。
ただ、最上さんに影響を与えそうで、そのことだけが懸念だった――。
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