第三十話 モブヒロインが主人公ではなく俺についてくるのだが
なんか変だぞ。
このラブコメ、おかしくないか?
最上さん。君は今、主人公に選ばれた。
この場面は、真田と向き合うべきである。
『真田君……ようやく、名前で呼んでくれたね』
『も、最上って、こんな顔だったんだな』
『えへへ。顔を見てくれて、嬉しいなぁ』
『なんか雰囲気とか変わったな。何があったんだ?』
『別に何もないよ。ただ、憧れの人のために勇気を出しただけだから』
――とか言い合えよ!
見ている人をもっとキュンキュンさせろよ!!
なんで最上さんは、真田に対して反応しないんだ。
「佐藤君に、お弁当を作ってきたから」
「お弁当!?」
いや、待て。それは俺ではなく、真田のために作っていた……のではない?
あれ。もしかして勘違いしていたのは、俺なのか?
(って、これはダメだろ。真田の前で、他の男に弁当を作ってきたとか言うなよ……っ)
新時代のヒロインすぎる。
うーん。自分にまったく興味がない系のヒロインか……ダメだろそれ。読者に愛されるわけがない。
おかしい。
俺の読んだ漫画と違う。
この『もうラブコメなんてこりごりだ(泣)』という作品は、作者の画力こそ高いが展開がベタで意外性が一切なく、従来のラブコメを踏襲しつくした二番煎じという名前でさえ優しく感じるほど、ありふれた既視感だらけのラブコメである。
だからこの作品は単行本が二冊で打ち切りとなった。
この作品の出版社は通常なら単行本を四冊も出してくれる、漫画家ファーストの優良企業。打ち切りなんてめったにない。それでも連載を中止にせざるを得なかったレベルで、この漫画には新しさがない。
俺はオタクだったので、一周回ってこういう手垢のつきまくった作品でさえも味わえるのだが。
しかし、メインターゲット層の中高生にはまったく刺さらず、ひそかに消えゆく一作となった。
そんな作品だからこそ……この展開が意外過ぎて、動揺していた。
自分で言うのもなんだが、俺は結構冷静で落ち着いているタイプなのに。
「早くっ。み、みんなに見られてるから……!」
呆然としている俺に焦れたのか、最上さんは手を引っ張って歩き出した。
あ。やめて。真田が俺に敵意を向けている。なんだこいつは、という視線で俺を睨んでいる。
違うんだ、真田。
俺はお前の味方なんだ、真田。
……てか、もっとしっかりしろよ、真田ぁ!!
テンプレヘタレ優柔不断系主人公に若干の怒りが沸き起こりかけたが、それはさておき。
「おいっ。最上さん、本当にいいのか?」
廊下を歩いている最中。
最上さんの意思を、ちゃんと確認した。
「……真田君のこと?」
そうだ。今ならまだなんとかできる。
……もう手遅れな気がしないでもないが、まだ彼のヒロインとしてアピールすることも可能だ。
しかし、最上さんにはそんな気が一切ないようで。
「まぁ、うん。別にいい……かも?」
「マジか」
あっさりと頷いていた。
真田に対する憧れとか、思いとか、そういうものを一切感じない。
無表情というほど無関心でもないのがまた不思議だった。本当に些細な出来事、と認識しているような顔つきである。
「それより、佐藤君にお弁当を作ってきたのは……迷惑だったかな」
それより!?
真田のことを『それ』扱いとは。
も、最上さんは何を考えているんだろう。
彼女の心境の変化が、俺には分からない。
ここが漫画であると分かっているからこそ、色々と分かったつもりでいただけに。
今、俺の知らない物語が始まっている。
そのせいで、どうしていいか分からないのだが。
「あ。それは嬉しい。ありがとう。弁当作ってくるとか、信じられないくらいかわいいな」
しかし反射的に、俺は最上さんを褒めていた。
夏休みの癖だ。ネガティブにはポジティブをぶつけて相殺していた。彼女の意識改革を理由に俺の本音も言えるので、一石二鳥である。
おかげで最上さんは随分と明るくなった。
ただ――もしかしたら俺は、やりすぎていたのかもしれない。
「……か、かわいい。えへへ」
最上さんが、すごくいい笑顔を浮かべた。
真田には決して見せなかった、無垢な笑顔だった。
お、俺なのか?
最上さん、その笑顔は真田に見せるべきじゃないか?
分からない。
本当に、分からない。
プロローグがあって、長めの夏休みを経て、ようやく物語が前に進む。
ここまではテンプレだった。
でも、ここからは……未知である。
打ち切りになるはずのラブコメは、いったいどうなっていくのだろうか。
それはもう、登場人物になった俺には分からなかった――。
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




