第二十九話 モブヒロインのエピローグ
最上風子のラブコメが始まると同時に、モブヒロインとしての最上風子はエピローグを迎えた。
ささやかながらその手伝いができたことを、俺は誇りに思う。
……まぁ、とは言っても俺は大したことをしてないのだが。
(やってあげたことなんて、アドバイスくらいだよなぁ)
体型に自信がないなら、運動しよう。
イメージを変えたいなら、髪を切ってみないか?
制服の着方をもう少し大胆にするのはどうだろうか。
俺が彼女に行った提言は、せいぜいこの三つだけである。
地味な少女をプロデュースして美少女にした――と言うこともできないような功績だ。
俺の手で原石を磨いたとか、育て上げたとか、そう表現するのはおかしいだろう。
なぜなら、彼女は自らの力で進化した。
もっと俺の活躍を期待した人がいたなら、申し訳ない。
あるいは俺自身が美容師とかファッションデザイナーとかスポーツトレーナーであれば、彼女の覚醒を主導できたかもしれないが。
転生前はただのブラック企業所属営業マン。できることもたかが知れている。
俺にあった優位性は、この世界がラブコメ漫画だと知っていることくらいだ。
それを利用してどうにか立ち回ったつもりである。俺がやってあげられることはすべてやり尽くしたが、やっぱり至らない点も多かったなぁ。
だから、俺は多くのことをしたわけじゃない。
つまり――この場面は最上さんが自らの努力によって手に入れた、晴れ舞台なのだ。
「え、えっと」
「……やっぱり、最上だよな?」
教室の入口で。
真田と最上さんが、真っ向から向かい合っている。
その後方。二人越しの後方では、真田を奪い合うメインヒロインたちの姿もあった。
彼女たちも、新たなライバルが登場したことを察したのだろう。最上さんと真田から目が離せないようで、こちらを凝視していた。
いい場面だ。
ここから何かが動き出す。そんな期待感に満ちている。
いや、ヒロインたちだけじゃない。
他のクラスメイトもまた、昼食の手を止めて最上さんに視線を集中させていた。
恐らく、みんなの感覚は美少女の転校生に近いと思う。
それも当然だろう。夏休みが明けて急に、清楚巨乳の黒髪美少女が現れたのだ。誰もが見惚れるほどの美少女を見ないわけがない。
まぁ、彼らはみんな初対面ではないのだが。
もともと最上さんは認識すらされていないタイプなので、実はデビューだとすら思われていない可能性もある。
ただ、真田だけは別だ。
彼は以前、最上さんと少しだけ交流があった。だからこそ、彼女の変化に気付いた。
これこそが、この男の特別性。
ヒロイン関連のイベントにおいて、彼は他と比較にならない嗅覚を持っている。最上さんの素質もまた、彼のラブコメ主人公センサーによって感じ取られていたのかもしれない。
……ここまで見届けられたら、もう安心だな。
(元気でな。最上さん)
心の中でそう告げてから、俺は一歩後ろに下がった。
ゆっくりと、物語のノイズにならないようにフェードアウトしようと後退する。
今、みんなの視線は最上さんに集中していて、俺の存在感は一切ない。
そして最上さんも、今は憧れの男性である真田に夢中なはず。ここで何も言わずにいなくなっても、誰も違和感を持たないだろう。
まさに俺らしい幕引き。
モブヒロイン以下の脇役にはお似合いのエピローグ。
こんな終わり方も、悪くないだろう。
さて、これからはどうしようか。
転生前の記憶を思い出して以降、佐藤悟としての人生は歩めていなかった。
これからは元の自分として、普通に過ごそうかな。
佐藤悟よ。すまないな、お前の人生を少しだけ借りた。
これからはもう、転生前のことなんて忘れよう。別の世界のことなんて何もなかったように、生きていこう。
そうしていればいずれ、転生前の人格もなくなっていくはず。
それを惜しいとは思わない。むしろ、こんなメタ的な存在はいない方がいい。
だから、最上さん。
これでさよならだ――。
「あの、佐藤君?」
――さよならじゃないの?
我ながら、長尺のモノローグを語った後で恥ずかしいのだが。
去ろうとしたその瞬間に声をかけられたので、足が止まった。
最上さん、何をしているんだ。
君が今、やるべきことは真田とのイベントのはずなのだが。
「え。なに」
「えっと……外に行かない?」
「ん? なんで?」
「い、いいからっ」
おい。最上さん。
君、もしかして……俺を退場させるつもりがないな?
彼女は、真田に認識されてもいつも通りで。
彼の熱い視線を無視して、なぜか俺を見ていた――。
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