第二話 二番目にすぎない脇役と、二番目にすらなれないモブヒロイン
『かわいい』
この一言に、彼女は大きく混乱しているようだ。
「わ、わたし、かわいくないですっ」
手を横にブンブンと動かして、必死に否定している。
褒められることにまったく慣れていないせいだろう。あと、自己肯定感が低いタイプの特徴でもある。
転生前は営業職で、多くの人と接していたから分かる。
卑屈な人間は他者の褒め言葉を受け取らない。そのせいで、仲良くなるにも時間がかかるが……方法がないこともない。
少し、力業になるのだが。
「そんなことない。少なくとも俺はかわいいと思ってる」
自己否定的な人間は、しかし誰よりも承認されたいという気持ちもあるわけで。
それなら、物量で圧倒すればいい。つまり――相手の否定を上回る褒め言葉を浴びせればいいのだ。
「でも……わたしは地味ですから」
「素朴でいいと思うけど」
「性格も、暗いです」
「奥ゆかしくて最高だろ」
「友達がいなくて、本ばかり読んでます」
「文学少女が嫌いな男子はいないが」
「顔が、あまり良くありません」
「そんなの主観だな。俺はめちゃくちゃ好きな顔立ちだが」
「……どうしてそんなことが言えるのですか? だって、前髪で顔が隠れているのに」
「――だからこそ、良いんだ!」
あ、まずい。
今までは、彼女の否定を冷静に打ち返していたのに、一番良いところを悪いと言われてつい熱くなってしまった。
「ひっ」
俺の勢いが強かったのだろう。モブ子ちゃんがびくっと体を震わせた。
小動物みたいな子なので、怯えさせてしまったかもしれない。そのことには悪いと思っているが、やっぱり我慢はできない。
「メカクレ女子が世界で一番かわいい。ふとした拍子にチラッと見える目がいいんだ!」
「そ、そんなこと、ないっ。これはかわいくなくて……ただ、わたしが人の視線が怖くて、隠しているだけだよ。わたしは、臆病者なだけだから」
俺の熱意に、感化されたのか。
徐々に、モブ子ちゃんの言葉も熱を帯びてきた。敬語だった口調が徐々に砕けてきて、感情がにじみ出ている。
あと一押し。
そう思って、俺は負けじと言い返した。
「でも、かわいいのは事実だ。それは君の主観で決められない……だって、俺の感想だからな」
結局のところ、彼女の否定にも限界がある。
だってこれは俺の気持ちだ。そもそも、彼女が否定できるようなことじゃない。
「――ほ、本当にそう思っているの?」
「もちろん」
それでもまだ、疑っている。
でも、卑屈な彼女ですら、認めざるを得ない事実が一つある。
「嘘……じゃないんだ。名前、覚えてくれていたもんね」
そう。彼女の名前を、俺は知っている。
担任の先生ですら間違えるほどに存在感の薄い最上風子という少女を、俺は誰よりも強く認識している。
いくら自己否定的な彼女でも、その事実までは否定することができないようだ。
「うん。嘘はついていないぞ……きょ、今日はたまたま図書室に来てて、最上さんがいると思ってちょっと足が止まったんだ」
さすがに、モブ子ちゃん目当てで図書室に来て、影からずっと覗いていたとまでは言えなかったが。
とにかく、俺が彼女に好意を持っていること。だから、名前を覚えているということ。
そのことを、彼女もちゃんと受け止めてくれたらしい。
「『最上さん』って……えへへ」
あと、名前を呼ばれるたびに嬉しそうにしていて、声がわずかに弾んでいる。
やっぱり彼女は愛らしい。漫画で見ていたころからずっと、それは変わっていなかった。
でも、勘違いしてはいけないことがある。
それは――俺はあくまで『脇役』という立場でしかないことだ。
「わたしのこと、認識してくれた人は――これで二人目だなぁ」
彼女の小さな呟きに、俺はつい苦笑した。
ああ、そうだよな。俺はあくまで二番目でしかない存在だ。
「真田君以外の人と話したのは、久しぶりかも」
一番目の存在は、真田才賀。
このラブコメ漫画の主人公である。
そう。これは、俺が主人公の物語ではないし、彼女は俺のヒロインですらない。
あくまで俺はわき役で、最上風子は……モブヒロインなのだから――。
【あとがき】
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