第二十八話 モブヒロイン卒業の瞬間
職員室で、教員への出席確認を終えて。
すっかりイメージが変わった最上さんに担任の教師が困惑していたことと、授業を抜け出したことで俺が担任からも軽く説教されたというハプニングはあったが、どうにか報告は完了。
教員たちが授業中であることを期待していたのに、なぜこの時間帯は空いていたんだ。不運である。
まぁ、そんな感じで少し話し込んだせいかもう昼休みに差し掛かっていたので、慌てて俺たちは教室へと向かった。
「み、みんなに変な目で見られないかなぁ。うぅ、緊張して手が震える……」
「すぐに慣れるから、心配するな。他人の目線を気にする必要はない」
「……そうだね。うん、そうだよね」
励まして、彼女を引率するように数歩前を歩く。
油断すると歩く速度を落とそうとするが、俺からは離れないように一生懸命ついてくる。
いや、あるいは俺の背中に隠れて、周囲の視線から隠れようとしているのか。
(やっぱり、見られているな)
廊下を歩いている時点でもう、視線は感じていた。
昼休みということで、廊下も生徒でにぎわっている。人と人の間を突っ切るように歩く中、みんなの視線は間違いなく俺の後方へと注がれていた。
「え? あれ、誰?」
「知らない。初めて見た」
「すっごくかわいくない?」
女子たちの噂話が、微かに聞こえてくる。
もちろん内容は良いものばかりだ。最上さん、不安になる必要はないぞ。
「うぅ……佐藤君がいないと、緊張して吐いちゃってたよ……」
とはいえ、最上さんは元々奥手な性格だ。
良い変化とはいえ、この視線の数にも慣れないのだろう。
まぁ、これから嫌と言うほどみられるのだ。
少しずつ慣れていけばいいだけの話か。
「佐藤君がいなかったら、こうやって歩けないかも。あ、あんまり離れないでね?」
「大丈夫。ちゃんと見ているから」
……いや、引率はA組の教室までだが。
しかし、それを伝えると彼女が歩けなくなりそうだったので、あえて黙っておいた。
彼女が教室に入ったらきっと、真田が放っておかないはずだ。二人の邂逅まで見届けてから、何も言わずに俺は自分が所属するD組の教室に戻ろうかな。
と、考えながら歩くことしばらく。
ついに、A組の教室に到着した。
そして、ついに物語が始まる。
「佐藤君。送ってくれてありがとう」
「うん。最上さん、元気で――」
元気でな。
そう伝えることすら、物語は許してくれなかった。
「お前……誰だよ」
最上さんが教室に入るや否や。
一人の男子生徒が、話しかけてきた。
短めの黒髪。清涼感のある爽やかな風貌。少し筋肉質で、たくましい肉体。
俺や、他の男子生徒とは一線を画す存在感を醸し出すそいつの名前は――真田才賀。
この世界の主人公だった。
……長くなったが、ここでようやく話は冒頭に戻るわけだ。
いや、あるいは今までがただの前日譚だっただけかもしれない。
物語で語るまでもない、準備期間。
そしてここから始まるのが、本番である。
「お前は……も、も、本川だっけ?」
夏休み前。最上さんは、俺以外の人間から名前を呼ばれたことはなかったらしい。
呼びかけられたとしても、こうやって間違って覚えられていた。
しかし、今の彼女はもう、あの頃と違う。
「いや、違う。もが……もがみ、だ。随分、変わったな」
真田が、最上さんの名を呼んだ。
それが意味することとはつまり……認められたということ。
真田才賀を取り巻くヒロインの一人に、選ばれたということ。
……ここまで見届けたら、もう十分だな。
(最上さん……いや、モブ子ちゃん。これから、幸せになってくれよ)
心の中で、そうエールを送って。
俺は、その場を離れることにした。
さぁ、これで俺の役割は終わりだ。
これからは、また大好きなあの子を見守るだけの日常に戻ろう。
この漫画に転生する前の、あの頃みたいに――。
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